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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
186/1603

3

 馬車に揺られて数日、善大王は眠い目を擦りながら立ち上がった。


「フィア、ついたぞ」

「みゅぅ……ついたの?」


 まだ昼もいいところだが、前日は夜中に話を続けて夜更かしをしている。記憶喪失の少女の話かと思いきや、ただの雑談である辺り同情はできないが。

 馬車から降りると、地味な村の姿に善大王もフィアも感想一つ述べず、目的地へ向かうことになった。

 水の国の南西部に位置する村、《エリアス》。水の国から馬車で半日と、比較的良い立地ではあるのだが、特産物もない地味な村である。

 依頼にあった村長宅に入っていくと、年老いた村長一人とローブをかぶった少女が二人を迎え入れた。

 身長から判断し、その少女は幼児と少女の中間の年齢だと分かる。五歳くらいだろうか。


「善大王様、このような僻地にわざわざおいでくださいまして、ありがとうございます」

「ああ、それで──この子がその?」

「はい。迷子のこの子を見つけ、記憶がないことを知りまして」

「とりあえず、この子は俺が預かる」

「ええ、そのほうがきっとこの子も喜びます」


 善大王は少女からローブを剥ぎ取ると、顔を確認した。

 藍色とも紫色とも言える髪が特徴的な、顔の整った少女。

 髪を手で掻き分け、善大王はある程度の情報を調べ尽くした。

 髪質はとても上質、村娘ではここまでの維持を行うことは容易ではない。それが子供であるともなればなおのこと。

 将来は美人になると一目で分かる顔からして、この娘が貴族の血縁である可能性は非常に高い──というよりも、善大王としてはそうだという確証を得ているのだ。


「よし、じゃあ行こうか」

「うん」


 少女の手を引き、隣で呆然としているフィアと手を繋ぐと、そのまま村長宅を出る。

 しばらく歩いて村の郊外まで来た時点で、ようやくフィアが口を開く。


「なんで引き取っちゃったの!?」

「そりゃ、まぁ記憶を取り戻すまでは俺が責任を取らないといけないからな」

「で、でも……」

「それに──あの村長。正気じゃなかった」


 正常な意識を失っている、という意味の言葉。

 言われてみれば、発言のほとんどが若干妙ではあった。頓珍漢とまでは言わないにしても、発言の連続性を欠いているというべきか。

 だからこそ、あの場にこの少女を置いておくべきはないと善大王は判断した。


「っと、まずは自己紹介からだな。俺は善大王」

「ぜんだ……パパ?」


 少女の奇妙な返しに、善大王は困惑する。


「俺は君の父では──いや、なんでもない」

「私はフィアよ」

「ママ?」

「違う! フィア!」


 このやり取りだけで、善大王はおおよその事態を掴んだ。

 記憶喪失の段階はかなり重度。この様子では、家族のこともまったく覚えていないと見える。

 ともあれば、この場で下手に否定形を出してしまえば、強いショックを与える可能性も出てくるのだ。それが分かったからには、善大王も身長に事を進める。


「ああ、俺がパパ、こいつがママだ」

「ちょっ、なに言ってるのよライト!」

「パパ! ママっ!」


 少女は喜び、善大王に抱きついた。これをみたフィアは当たり前というべきか、憤る。

 そんなフィアを制しながらも、善大王は少女の目を見て話した。


「君は、なんって名前なのかな」

「ライト、それ聞いたら矛盾するんじゃ……」

「えっとね……わかんない」


 善大王とフィアは顔を見合わせる。


「だろうと思った」

「分かっていたの?」

「もちろん。念の為に確認しただけだ」


 改めて少女に向き直ると、善大王は続ける。「君はアイ、ア・イ」


「あい?」

「そう、アイ。忘れないようにな」

「うん! アイ! パパ、ママ!」


 アイは順番に自分、善大王、フィアと指を刺しながら名を唱えた。

 記憶喪失とはいえ、発言などは年齢よりも一回りほど幼くみえる。それは善大王の経験に基いた思考でも感じているだけに、間違いないのだろう。


「よし、じゃあとりあえず……どうするか」

「えっ、考えてないの?」

「とりあえず来た感じだからなぁ。のんきに時間を掛けてやろうと思うが」


 あまりに無策な善大王をみて、フィアは笑みを浮かべる。自分の活躍の機会だと。


「しょうがないわねぇ。こんなこともあろうかと、頼んでおいたわ」

「専門家の知り合いがいるのか?」

「ええ。闇の巫女、ライムよ」


 善大王は沈黙し、少し遅れてから「あ、ああ。フィアの知り合いか」と言う。


「なんか他人事じゃない? ライトも会ったことあると思うけど」

「そう、だったか? いや……だが俺が幼女を忘れるとは思えないんだよなぁ」

「ま、いいけど。ライトは私だけ見てればいいから」


 妙な違和感を纏った善大王を気にすることもなく、フィアは話を進める。こういうところは、彼女の幼さなのだろう。


「アックアで待ち合わせしているから、早く向かいましょ。きっと、すぐに解決してくれるわ」

「闇の巫女が直々って言うなら安心だな」


 そうして、二人──もとい三人はアックアに向かって出発した。


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