2β
──水の国、フォルティス城にて……。
「夢幻王だ」
「はじめましてだね、僕はフォルティス王。まぁ、両者が理解している自己紹介なんてする必要ないと思うけど」
謁見の間にて、二人の王は向かい合っていた。
「この国を見させてもらった。すばらしい荒廃具合だ」
「皮肉かな? 《皇》は他国に口を挟むのが好きらしいね」
「いや、私は評価している。旧態依然の無用なものを切り捨て、必要なものに金を割く。決断力と聡明さを持ち合わせていなければできない」
国を見させてもらった、その言葉の意味をフォルティス王は悟る。
相手が闇の国の王である以上、精神を覗くことなど造作もないのだ。見たのは城下町ではなく、兵士達の頭の中。
軍備強化は民も知るところだが、この様子から判断して夢幻王は噂の次元で話してはいない。
「善大王とは真逆な考えだね」
「奴は善の王。私は悪の王、見解の相違があってもおかしくはない」
「ははは、それじゃまるで僕が悪の側みたいじゃないか。冗談がきついね」
夢幻王は笑わなかった。フォルティス王も笑みを浮かべながらも、すぐに鋭い表情に戻る。
「一国の王が煽り目的でくるとは思えないね。早く本題を切り出してくれないかな」
「私が聞きたいのはただ一つ。何故、フォルティス王はここまで軍備を増強しているか、ということだ。小競り合いは少なからずあるが、近年に戦争が行われることはない」
そこで一度区切り、夢幻王は一歩近づく。「防衛で使う額ではない。それを取り戻す手立てがあるのか?」
「その様子だと分かっているみたいだね。そうだよ、僕は戦争をする──全世界に向けて」
ここで初めて、夢幻王は口許を緩める。
「そう、だろうな。文化の国である水の国でそれをするのは、革命をもたらす賢者か、己を省みない愚者か」
「この世界は力こそ全てだ。平和ボケしている他国は、この国一つで十分倒せる」
勝ちの目、打算がある。その時点で、ただの自爆特攻や勝てない戦をする将ではないことが示された。
「私は、貴君の考えには賛同を示す。この世界は力こそが真実だ」
「へぇ、さすがは夢幻王」
「この世界の今を打ち壊すことを考えているのは、そちらだけではない。私もまた、それを画策しているのだ」
フォルティス王は目を細め、冗談のように笑う。
「へぇ、まるで御伽噺みたいだ。善大王と夢幻王の戦いを現実で見ることができるなんてねぇ」
「戦力の不足に関しては、そちらと同じく問題視しなくて済む段階だ。だが、貴君のような先進的な考えを持つ者ともなれば、滅ぼす必要がない。どうだ、手を組まないか」
戦争を企てている二国の連合。もしもそれが成立しようものならば、一つや二つの国は確実に滅ぶ。
現在の各国は、協力関係を瞬間的に構築できるような状態ではない。
それは不仲だからという話ではなく、絶対的な信頼を持って背を預けられないからだ。
古い時代と比べ、国同士の血液的な関係は無に等しくなっている。今の国が争いを起こさない原因は、神から連なる巫女達によるものが大きい。
巫女の全員が面識を持ち、かつそれぞれが一国の軍に匹敵するというのだから、感情的にも戦力的にも手が出せないのだ。
しかし、それがもし二国ともなればどうなるか。一国の巫女相手に連合国家で攻め込めば、攻略できる可能性は十分に存在している。
それこそ、世界の均衡を打ち壊しかねない提案。悪の王、夢幻王らしい考えともいえる。
「……悪いけど、断らせてもらうよ」
「なに……」
「僕は他者の力を借りるつもりはない。それに、世界を粛清するだとか滅ぼすだとかにも興味がないんだよ。僕の目的は、この水の国が最強の国家であることを示すことだからね」
最悪の状況は回避された。皮肉にも、フォルティス王が極端なまでの戦闘狂だったことが功を奏したか。
ただ、これが面白くないのは夢幻王。
「互いに手札を晒した。これがどういう意味か分かるか」
「もちろん。他国にそのことを口外すれば、すぐさま連合が作られることになるだろうね。夢幻王が戦争計画のことを他国に洩らせば、僕もそっちの計画を他国に伝えることになる」
これは実際にそうする、という意味の言葉ではなく、逆のパターンもありえるということを示しているのだ。
「私は戦争が起きても構わない。だからこそ、水の国の計画を明かすことにも躊躇いはない」
「それは僕も同じだ」
「そうなれば、四対二になる。結局、ここで提案を呑む呑まないに関わらず、一蓮托生であることは変わらない」
「それは違うね。僕からすれば五対一さ──よくて四対一対一か。敵の敵が味方とは限らないからね」
夢幻王は内心で安堵し、侮りを覚えていた。
戦力的に考え、一国の戦力では奇襲作戦ですら他国を落とすことは不可能。それを理解できていない時点で、水の国は危険なおもちゃを持った子供に過ぎない、そう考えたのだろう。
ただ、フォルティス王の目はそちらに向いていない。むしろ、愚鈍に見えるのは一つの理由がある為。
「僕としては、夢幻王とも戦ってみたい。だからこそ、ここで手を組むのはありえない──善大王の首に関しても、譲る気はないね」
そう、これこそが彼の考え。勝てる勝てないという以前に、強者の戦いを望んでいるのだ。
「くだらない。私は帰らせてもらう」
「ああ、構わないよ」
思惑が失敗に終わり、僅かな憤りを染み渡らせながらも、夢幻王は城の外に出た。
途端、背に触れる手に気づき、振り返る。
「失敗、ですわね」
「手間を省けると思ったが──だが、結果は変わらない」
「滅ぼす国が少なければ、それだけあなたの目的達成は近づく。そして、それが味方になれば攻略速度も速くなる。失敗したからにはたらればですが」
闇の巫女、ライムは夢幻王と相対しながらも平然と話していた。
善大王とフィアの関係に近いように見えるが、本質は全然違う。二人から感じるのは、明確な利害関係だ。
「闇の国に戻るぞ」
「残念。わたくしは星としての仕事がありますので、しばらく残りますわ。帰りは定期船で帰るので心配なく」
「仕事? ……分かった」
背を向けてその場を去ろうとした夢幻王は、不意に足を止め、口を開く。「勝手な真似は慎め」
「ええ、理解していますわ」
夢幻王を見送った後、ライムは御者の一人を洗脳し、待ち合わせの場所であるアックアへ向かった。




