偽りの関係 真実の想い
「では、お願いします」
「ああ」
積み上げられた書類を一瞥し、善大王は去っていくシナヴァリアの姿を目で追った。
善大王が善大王になり、既に二年と半年ほどが経っている。もともと要領がいい善大王だが、ここまで経験を積むと仕事の問題はなくなってくるのだ。
この数ヶ月間の彼はそれまで以上に励み、シナヴァリアすら驚くほどの躍進を見せている。
一度は問題になった鉱物問題についても、火の国の援助による一時的延命──二、三世代は持つ延命だが──を良しとはせず、地質に詳しい者を集めて鉱脈を発見するに至った。
優秀な専門家よりは見劣りするが、善大王もその集団に加わっている。彼の場合、全体的に能力が高いこともあり、総合的には専門家を上回る成果を出していたのだが。
かくして、現状ならば四、五世代は鉱物に困らないという状況に持ち直し、善大王の雷名は他国にまで轟くことになる。
もちろん、内政面などでも動きを見せており、農業における近代的な手法の導入、酪農では品種改良の促進にも努めた。
こうした新しい動きは忌避されるのが世の常ではあるのだが、善大王は最前線で働いている者と知識の共有ができる程度の能力──第一次産業の娘と関わりを持つ為、身に付けたものらしい──と柔軟な思想を持っていた。
一国の王、《皇》の一人がわざわざ生産者側の会合に参加するなど、かなりの異例なことではあった。
だからこそ、畏怖というよりは、敬意の意味でこの革新的な制度も受け入れられている。
今の光の国にとって、善大王はなくてはならない人物だった。彼に意見を求める為に訪れる者も、かつての比ではなく増えている。
「うむ……」
半分程度を処理し終え、善大王は椅子の背に寄りかかった。
小休止の予定だったが、ノックが聞こえてきた時点ですぐに姿勢を戻す。
「どうぞ」
言うと、来客はなにも言わずに入ってくる。ただ、善大王は咎めはしなかった。
「ライト、お仕事はどう?」
「まぁまぁだ」
サンドイッチとティーポット、ティーカップを乗せた銀の盆を持って入ってきたのは、フィアだった。見た目は相変わらず変化なし。
お茶もサンドイッチも、もちろん彼女の手作りだ。
ミネアとの修行をきっかけに、家事をこなすだけの実力を見に付け、今ではこうして善大王を支えている。
善大王はサンドイッチに口をつけると、満足げな表情を浮かべた。
「本当にうまいな」
「そうでしょう!」フィアは胸を張りながら言う。
「ま、可愛げがないうまさだけどな。少しへたっぴなくらいの方が愛らしいものさ」
「えーライトの為にいつも頑張ってるのに」
「いや、ありがたいよ」
二、三口食べると、善大王は再び書類に向き直る。
フィアとしても、夕方までは彼と遊ぼうとはしない。昼間に来る時はこうした、彼を労う為だけだ。
「じゃあ、私はいくね」
「どっか出かけるのか?」
「うん。ちょっと散歩」
「夕方には帰ってこいよ」
頬を膨らませ、フィアは善大王の傍に向かう。
「子ども扱いしないでよ!」
「いや、ははは……今日はディナーでも行こうかと思ってな。最近はなかなか付き合ってやれないから」
「えっ、ディナー? 高いのいっぱい頼んじゃおっかなぁ」
「ま、ほどほどにな」
「うん、分かってるよ。私はライトと一緒にご飯を食べられるだけで満足だもん」
そう言い残し、フィアは去って行った。
「よし、じゃあ頑張るか」
気合を入れなおし、善大王は仕事に励み始める。




