26
ヴェルギンの家より戻り、宿屋へと到着した善大王とフィアは帰り支度をしていた。
「明日の朝には帰るから、ちゃんと準備済ませておけよ」
「うん……」
「どうした?」
ベッドの近くで俯くフィアの様子が気になり、善大王は心配そうに声をかけた。
いつもの彼女ならそれだけでも元気になるということを知っていての行動だが、今回ばかりはそうではない、ということを直感的に察知した。
「その……なんかね、お腹がでちゃって……」
「俺の目がないからってお菓子を食べまくってたんだろ?」
「そうじゃなくて……うーん……」
しばらく考えた後、覚悟を決めたような顔になったフィアは振り返る。
寝間着姿のフィア、だがそれだけではない。彼女の腹部は膨らんでいた。それも、多少や誤差という膨らみ具合ではなく、遠目で見ても分かる程に大きく膨らんでいる。
「赤ちゃんできちゃったの……」
「…………」
フィアが明かした驚愕の事実を前に、善大王は沈黙した。
「(ライト……嫌だったのかな?)」
彼の沈黙の意味をそう捉え、フィアは再度落ち込み始める。だが、彼の考えはフィアの思考の遙か上を行っていた。
「……大切に育てような」
「えっ?」
「俺達の子供だからな」
「……そ、そうだね」
全てを見通す善大王のことだ、今回も自分の思惑をあっさり看破するのではないか、そう思い切っていたフィアはこの反応──返事に驚愕する。
「…………ねぇ、ライト」
「なんだ? 子育てが心配か? 俺もちゃんと手伝うから安心してくれ」
「あのね、ちがうの。……実は、嘘でしたーなんて」
これ以上話が大きくなってしまうと収集が付かなる、と考えたのだろうか。フィアは服の内に入れていた枕を取り出すと、種を明かした。
「……わ、分かっていたに決まってるじゃあないか。ちょっとユーモラスに返してあげたじゃあないか」
「嘘付いても分かるよっ! ライト……本当は見抜けなかったでしょ?」
「あは……ははは、フィアにはお見通しか」
善大王はこうなるように、わざと分かっていなさそうな答え方をしている。
実際は分かっていたのだが、そんなことを自慢しても意味がないと思ったのだろう。
ならば、フィアががっかりしないように──驚かせることができたと思わせられるように、このようなことをしたのだ。
「驚いたでしょ?」
「あぁ、ずいぶん急にお腹が大きくなったから驚いたよ」
「ふふーん」
善大王を驚かせただけで敵将を討ったかのように喜び、その誇らしさを体全体で表していたフィアを、暖かな目で善大王は見る。
彼女からしてみれば驚かせたというだけではなく、善大王の嘘を看破したということも付随している為、ここまでの喜びようとなっている。
しかし、その両方が善大王によって成功したということを見抜けない辺り、やはりまだまだといったところか。
「(ライト……私が赤ちゃんできたっていった時、本気で喜んでくれたなぁ。ライトとの赤ちゃんだったら……本当に欲しいかも)」
冗談の掛け合いでしかなかった今の会話──やり取りは本当の意味で無駄だったわけではなく、今まで欠片すらも存在しなかった、彼との子供が欲しいという考えを彼女に与えた。
「ねぇねぇライト」
「ん?」
「今のは嘘だったけどさ、本当に赤ちゃんできたらどう思う?」
「んー……そりゃ嬉しいけどさ、無理だろ」
彼は割と冷静だった。
子が子を妊ることなどできるわけがない。そんな当たり前の知らない彼ではない。夢としてはできて欲しいとは思っているようなのだが。
「なんで?」
「なんでって……無理だからだろ」
「無理なんて女の子じゃないライトには分からないよ!」
本当に子供の作り方を知らないフィアからしてみれば、女性が行うことを男性が知るわけがない、という先入観──思いこみがあった。実際それを知る者は多くいるというのに。
「本当に聞きたいのか?」
「うんっ……私、ライトとなら──」
頬を赤らめ、フィアは一世一代の告白をしようとしていた。
自分の人生を全て彼に捧げる、それは愛玩動物的な、恋人的な好きとは意味が違う──真の意味の好きとなったことによる決意の現れ。
だが、善大王は彼女がそれを言い切る前に動いた。決して、彼女の決断を聞きたくなかったわけではなく、受け入れたくなかったからでもない。
それはまさに、彼自身の本能からの行動だった。
子供の作り方を教えて欲しいと言ったフィアへの返答として、善大王は彼女の服を神業ともいえる速度で数割脱がせる。
そして、半着衣の状況になった瞬間、彼はそのまま流れる動作でフィアをベッドに押し倒した。若干手荒とはいえ、これだけならば起こり得ることだ。
しかし、全大王は違う。この莫大な量のタスクを一瞬、生物として可能な動作の限界に近い──もしくは限界を越えた速度にて行った。人間ながらもこのような業をやってのける辺り、異常でしかない。
「ライトぉ……顔怖いよ」
「子供の作り方が聞きたいんだろ? じゃあ直接教え……」
まさに今、善大王の手によって狂行が始められようとした時、白い閃光のようなものが彼の視界にのみ写っていた。
気分が悪くなってもおかしくないような眩い閃光に当てられ、彼はフィアから離れる。
「ライト、どうしたの? 大丈夫?」
「ア……あァあ……だ、ダいじょぶダ」
体調を崩したのだろうか、彼の話し方は明らかにおかしかった。音調や発音が全て滅茶苦茶で、うっかりすれば何を言っているかすら分からない程に。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
「…………あぁ、ちょっとクラクラしていただけだ。……子供の作り方については、フィアが大人になった時にでも教えてやるから、今日は寝させてくれ」
「う、うん」
急に態度が変わった善大王の様子を見て心配になったフィアだったのだが、きっと砂漠で倒れていたことが原因で体力が消耗しているのだろう、と必死に言い聞かせていた。
そうしなければ、先程の狂行や恐怖を忘れられなかったのだろう。
ベッドの上で横になった善大王が眠る時まで、フィアは彼の傍で座り続けた。それで彼が安心するかどうかは分からなくとも、少しでも何かをしたかったのだろう。
寝息を立てて眠り始めた頃、フィアも同じように疲れが溜まっていた。そのまま疲労感を受け入れ、善大王のベッドに潜り込むと、隣で眠る彼に誘われるように眠り始める。




