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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
181/1603

25

 ──善大王達が帰ったその日の夜のこと。


「どうだ? そろそろ勇気を出す頃だとは思わんか」

「……何のことです?」

「それをワシに言わせるか。水の星とじゃよ、お前さんが頑固しているといつまで経っても戻らんぞ」


 二人は再びシアンとの復縁の話をしていた。

 少し前にしたばかりのことなのだが、ヴェルギンにとっては善大王達が来たことにより、彼女にも変化が起きたという見込みがあってのことらしい。


「…………近いうちにします」


 ミネアは机に伏したまま低い声でそう言った。彼女からしてみれば、師匠にこのようなことを言われ続けるのは耳が痛いのだろう。


「海への恐怖は未だに断ち切れんか?」

「今それは……関係ありません」

「そうでもない。お前が抱く海への恐怖は水の星への恐怖と同じ……違うか?」


 幼き頃に直面した初めての恐怖、もう既に取り除くことなどできない恐怖心。

最も大切だった者との関係悪化による恐怖、何をやっても戻すことができない二人の関係。

それらがミネアの覚える恐怖、未だ幼き子供であるミネアにとっては絶対、この世の理と言っていい程の決めつけ、パラダイム。

しかし、ヴェルギンにとって──他人にとってはそこまで大きくないようにも見えている。


「無理なら無理なりに当たって砕けてみろ。今日お前はそれをできた、違うか?」

「それは……それは……」


 誰かに手を引いてもらえたからこそできたことであり、自分で意図してできるわけではない、とミネアは言おうとした。言おうとしただけで、決して口には出さない。


「フッ……今帰ったぞ」

「…………」

「…………」


 扉を開けて入ってきた男に対し、二人は冷たい視線を当てていた。


「なんだ?」

「オヌシは相も変わらず空気が読めんのぉ……それでガムラオルス、今までどこに行っておったんじゃ?」


 緑色の髪、緑色の瞳、風の一族のみが持つ肉体的性質を持つこの男こそがガムラオルス。

 《風の大山脈》時代とは違い、髪は長髪になっている。

 服装はというと、黒いマントを身に纏い、足の部分に拘束具のように複数のベルトつけた黒い長ズボン──何よりは、装飾として付けていると思われる大きめの鎖。

 どう考えても、当時の彼からは考えられない衣服の選択だ。


「フッ……魔轟風が俺を呼んでいたものでな」

「家事は今、オヌシの担当なんじゃからな……勝手に放浪するのはよしてほしいんじゃが。それはそうと、どこにいっておんたんじゃ? 巫女護衛の役割を放置して」

「師匠、申し訳ありません。小娘も、悪かった」


 それを言うだけで、ガムラオルスは何も語ろうとしなかった。

 しかし、どうも不思議なのは小娘──おそらくミネア──に謝っていた所。これに関しては本人も明らかな異常事態だと判断している。

「何で謝るのよ」

「不本意だが、貴様に俺の務めを押しつけたことになっているようだからな」

 どうやら、ガムラオルスは大きく勘違いをしているようだ。正しくは、突如発生したフィアの来訪を知らなかったと言うべきか。

 確かに彼の想定通り、本来ならばミネアが家事を請け負うはずだった。

 しかし、実際はフィアが訪れ、泊り、家事の全てを請け負っている。一応、心配をかけた件について謝るのであれば分からないでもないのだが、基本的には謝り損だ。


「はぁ? ……そうね、じゃあ一週間あたしのいいなりね」


 ガムラオルスの読み違いを馬鹿にしようとしたミネアなのだが、それで済ませてしまえばそれで終い、せっかくだからという軽い気持ちでその読み違いを利用する気になったらしい。


「なにッ」

「あとそのウザい喋り方と行動も止めて。イライラするから……これも命令」

「この俺が貴様のような小娘に謝ってやったというのにその傲慢な態度、まったく碌でもない小娘だ」


 どうやら自分の言動について文句を出されることは気に入らないようだ。

 それだけ気に入っているのだろうか。それとも、ただ自分よりも年下の娘に好き勝手に言われているが気に食わないのか。このような年頃の男ならば両方なのかもしれないが。

 相手の態度が気に食わないのはガムラオルスに限ったことではなかった。

 彼の言葉に誘発される形でミネアもアホ毛を尖らせ、威嚇のような声を上げながら怒りだす。


「傲慢な態度はアンタの方よ! アンタが仕事もしないでさっさと帰ったせいであたしがどれだけ苦労としたと思っているのよ」


 実際はほとんどフィアにやらせていたはずだが、恰も本当に自分がやったかのように怒っていた。

 彼女からしてみれば、彼に言い負けることが何よりも嫌らしい。


「まぁまぁ、こんな夜中に騒ぐな。互いに己の主張をぶつけ合うのは若さだが、今は夜だ。やるなら明日の朝にでもすればよかろう」

 ヴェルギンの仲介により、両者とも仕方なさそうに喧嘩を中断した。

 二人にとってヴェルギンは共通の師、彼のいうことには二人とも逆らえないのだ。そんな理由もあって、喧嘩した時は毎回ヴェルギンが仲介に入って解決しているらしい。


「小娘、運が良かったな」

「ハッ、まったくね……アンタがだけど」

「…………やはり小娘には分かららないか、暗き闇の果てで吹き荒ぶ黒の風、魔轟風を操ることができるこの俺の偉大さが」


 よく分からないことを長々と──それも至って真面目に、彼なりに格好を付けながら言った。

 だが、魔轟風などというものは私が知る限りでは存在していない。


「まーたいつものが始まった。そういうくだらないことを、この家以外では口に出さないことね。こっちが恥をかくから」

「真実を知らぬ愚者共の喚きなど気にしているようでは、貴様もたかが知れているな」


 ミネアは黙ったまま《魔導式》を展開し始めた。二人の喧嘩の際──特に、ミネアの怒りが限界に達した時、何の迷いもなく術を使おうとする。

普通に考えればミネアのような使い手が戦闘するともなれば、軍隊が戦争を起こすほどの大きな影響を生み出すことと等しい。

しかし、このような喧嘩はかつて何回もあったらしく、それであっても大きな事件が起きていないということが真実を表していた。


「《火ノ百三十番・火炎弾(バーニングキャノン)》」


 術名の詠唱と共に燃え盛る巨大な火の弾が生成され、前方──まさに目の前に存在しているガムラオルスを燃やし尽くさんと放たれる。

 それにしても、家の中だというのに容赦なく上級術を使う辺り、ミネアの容赦なさは計り知れない。

 周囲に撒き散らす自身の影響力への無関心さというものは、ある意味子供らしい。

 ただ、ガムラオルスは防御の構えを一切取らず、火の弾を睨んでいた。狙い打つ対象を見定めるかのように。

 そして、彼の黒いマントを透過し、両肩の部分が緑色の光を放った。


「この馬鹿者共が!」


 さすがのヴェルギンも、室内での術の使用は許さないとばかりに大声で二人を叱り、ミネアが生み出した火の弾を神器の効果で封印する。

 ミネアの攻撃が中断されたからなのか、それともヴェルギンに叱られたからなのか、光を放っていた両肩からは光は失われていた。


「喧嘩をするならば人に迷惑をかけないようにしろ! 家が壊されたらどこで寝るのか、それを考えたらどうだ!」


 結局その日、有無を言わさずに眠ることを申しつけられ、二人とも喧嘩もせずに床についた。


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