20
特に何も判明しないと分かったフィアは、予想した通りの安物アイスティーを嫌々飲み切り、別の場所へと向かうこととなった。
「それにしてもどこ行くの?」
「ン……フィアが世話になっている礼も兼ねてヴェルギンの家に向かおうと思っているのだが」
「そ、そう……私は他の所で遊びたいけどなー」
「まぁそのうちな」
少なくとも、彼はこの国に居る間にフィアと遊ぶ気は一切無かった。
今は何よりも早く火の国の城下町を出なければならない。ここにいる限り、彼女の尋問攻撃を受け続けなければならないので面倒だ、などと考えていたのだ。
「それにしても……ヴェルギンさんのお家なんて行っても面白くないと思うんだけど……」
「楽しいことは、そりゃまぁあるわけないな。こっちとしても、フィアを預かってもらっている礼と世間話をしに行く程度だからな」
「今日は私と遊んでくれる約束だったのにー」
「プレゼントで終わりだ。あれだって馬鹿みたいに高かったんだからな」
「お金なんていらないもん!」
ヴェルギン宅へと向かわせない為にか、フィアはいつも以上の我儘を言っていた。
しかし、ほとんど遊んでいないのだから、仕方ないと言えば仕方がない。
無論、彼女がそうした理由で不機嫌なのも、意図的にヴェルギン宅に向かわせないようにしていることも善大王には見通されていたのだが。
「行くったら行くぞ。来いホラ!」
「やーだー!」
もはや隠そうとする気すら感じられない直接的な足止め、子供としての体重を全力で掛けて善大王の起動力を完全に封殺しようとする。それで動きを封じられるわけがなく、砂漠の砂を分けながら彼女の足は引きずられていった。
「こんなの女の子の扱い方じゃないよー!」
「だからさっきも言っただろう。お前は俺にとって大事な人なんだ……だから、何でも我儘が押し通ると思うような子にしない為にだな──」
「だから私はライトの恋人だってば! 子供扱いしないでよ!」
「子供扱いするなっていう方が子供なんだよ!」
「子供じゃないもん!」
「なら駄目だな。俺は子供以外には全く興味がない」
「ぐぅ……そう言うのは卑怯だと思う」
嘘偽りのない完全なる事実を含んだ言葉により、フィアは手を離した。結果として無事にこの場を切り抜けたのだから善大王は凄まじい。
ただ、それが対象とする人物の心理を読んだ上での言葉ではなく、単純に紛れもない事実であるという部分も、別の目線から見れば凄まじいのだろうか。
「(そう言えば今のって、私が年取ったら捨てるっていう意味で言ったのかな……?)」
善大王はただ自分の思っていることを言っただけであり、そこにはフィアの考えているような他意は全くと言っていいほど存在していなかった。
「俺は子供以外には興味がない……だがフィア、お前は特別だ。俺はお前の容姿や年齢なんかで好いているわけじゃないということだけは知っておいてほしい」
フィアの不安を感じ取った善大王はそう言って彼女を安心させようとした。だが、本当に見た目や年齢で好いているわけではないかと言われると、そうでもないようだ。
「(……というかフィアが年取ったら本当にどうするべきか……優しく出来る気がしないぞ)」
こういった間の抜けた、それであって結構ひどいことを冷静かつ真剣に考えている辺り、善大王の少女至高主義は絶対に治らない。そんな気がする。
「ねぇ、ライト。ライトって……その、結構年だよね」
「ン……まぁ、そうかもしれないな。おっさんは嫌いか?」
「そんなことない! ライトはおっさんなんかじゃないよ!」
「ははは、フィアはお世辞がうまいな」
「お世辞なんかじゃないよ」
フィアの言う通り、善大王は年齢の割にそこまで衰えていない。その若々しさは驚異的な
代物──一般的な人間でいえば二十歳前後の容姿をしているのだから。
「それで……俺は年だがそれがどうした?」
「うん。ライトは結婚……とかってしないの?」
「結婚? いや、するつもりは一切ないが」
全くもって興味がなさそうに、善大王はそっけなく答えた。ただ、フィアにとってその反応は面白いものではなく、無理やりにでも軌道修正をかけようと、原因解明を開始する。
「なんで? 大聖堂で式を挙げるとお金が掛かるから?」
「金は別に関係ないな。ただ……ただする気がないだけだ」
「子供……子供! 子供は欲しくないの?」
子供という、善大王が好む存在を引き合いに出すことで、結婚という選択肢も十分存在しているということを示したからか、フィアはそれはもう自信満々に言い放った。
「ン? ……欲しくなったとしても、結婚はしないかな。することが義務づけられているわけでもなし」
「そーだけどー……」
この機に乗じて、彼との結婚を確定したかったフィアの計画はあっさりと崩壊。おまけにその敗北の流れは彼女自身の勢いをも削ぎ、ヴェルギンの家へと向かわせたくない理由での討論においても尾を引いた。
しばらく続いた話の後、結局その場では論破し切ることが出来なかった。善大王を止めることもできず、仕方がなくヴェルギンの家に向かうこととなってしまう。
そして、何事もなく二人は目的地に到着した。そこにおいて、フィアは未だに不機嫌なままだったようだが。
「フィア……いつまで不貞腐れているつもりだ?」
「ふんっ……どーせライトはミネアに会いたいだけなんでしょ?」
「まぁな、あいつの様子が変わっていないか程度は気になっている」
冗談に言ったにもかかわらず、それが否定されなかったことに腹を立てながら、扉をノックした。
「あら、フィアはもう帰って──」
「久しぶりだなミネア!」
扉を開け、客を家の中に招こうとしていたミネアの言葉を遮り、善大王は彼女に抱きついた。
体勢を落としてからの素早い動作。無駄が一つたりともないその動作こそ、彼が今まで幾千、幾万という回数行ってきたことを如実に表していた。
「長らく会えなかったから寂しかっただろぉ。いやぁ、それにしても前会った時と同じでちっちゃくて可愛いままだなぁ」
「っこのぉ……放しなさいよ!」
抱きついてきた善大王に何度も蹴りを放ち、無理やり引き剥がそうとしたミネア。しかし、善大王は久しぶりの再会を喜び、攻撃を受けても離れようとはしなかった。
「じー……」
じとっとした目で善大王の事を睨んでいたフィアは、敢えて自分が睨んでいることを伝える為か、声を出していた。そして、彼女の思惑通り、善大王はすぐに反応した。
「なんだなんだ? 妬いているのか?」
「そんなんじゃないもん……」
「さ、フィアも不機嫌になってきた頃で止めますかな」
フィアの不機嫌を良しとしなかったらしく、善大王はすぐに抱きつきを中断し、ミネアを放す。それにはミネアも驚きを隠せなかったようで、しばらく停止していた。
「そんなことしても、いまさらだもん……」とフィア。
「悪い悪い……それにしてもミネア、本当に久しぶりだな」
「そう……ね、本当に久しぶり」
先程まではあれほど嫌がっていたミネアも、この言葉に対しては怒る様子もなく、再会を素直に喜んでいた。
元々善大王とミネアの関係はそこまで悪いものではなかったこともあり、修行時代の付き合いという意味でも、二人は家族にも近い関係にあったのであろう。
「それで、久しぶりついでに今日も作ってくれるか? ミネアの美味しい料理をさ」
「もう……またそんな軽口を……」
割と満更でもなさそうな、どこか女らしさをみせるミネアの態度を見たフィアは焦っていた。近年稀に見る程に焦っていた。
「(ライトとミネアに面識があることは知っていたけど、ここまで仲がいいなんて聞いていないよぉ……。ミネアも、もしかしてライトのことが好きだなんてこと……ないよね?)」
心の声に応える者はなく、フィアの悩みと疑問は解消されない。
「じゃあ入って。きっと師匠も、善大王との再開を楽しみにしていると思うわ」
「おう、じゃあ入らせてもらうぜ……おい、フィア入るぞ」
霧が掛かるかのように、不安や悩みがフィアの五感や思考を遮っていたのか、善大王の声だというのに一切返事をしなかった。
「ふにっ……」
いきなり頬を抓られたことで、フィアは我を取り戻し、反射的に変な声を出す。
「寝不足か?」
「ううん……なんでもない」
「……そうか」
彼女が何に悩み、何を考えているかを分からない善大王でもない。
ただ、全てに気を留めて扱ってしまうことは、長い目で見てしまえば負の産物──良く言えば甘えん坊、悪く言えば依存症──を生みかねないと考え、わざと冷たく、過保護すぎずに接していた。
「久しいのぉ善大王。あれ以来どうじゃ?」
家の中に入った途端、ヴェルギンは善大王に話しかけていた。なんだかんだ、弟子のような者だった善大王が久々に訪れたことがミネア程ではないにしても嬉しかったのだろう。
「まぁぼちぼち……ってところかな」
「ほぅ、それならばいいんじゃが……あんな適当な修行で魔物を倒せるなんて嘘をついたことを後悔していてのぉ……」
「ははは…………ん? え? ……本当に嘘だったのか?」
「もちろん。魔物などという化け物に相対するなど不可能じゃからなぁ」
彼はヴェルギンとの修行を終えたことにより、魔物すら倒せる実力があるのではないかと思っていた。事実、彼はその自信により無理な戦い方をしたのだが。
「……俺、あの方法で魔物と戦ったんだが」
「なにっ! あの戦い方でよく生き残れたのぉ」
「いや、まぁ……フィアにも助けてもらったし、それに……。それはそうと、早く飯が食いたい、ミネア頼むぞ」
「仕方ないわね……じゃあ少し待っ──」
食事を作るべく台所へと向かおうとしたミネアの手を握り、その場に縛りつけている者が居た。その手の大きさはミネアとほぼ同じ、そんな人物はひとりしかいない。
「わ……私が作る!」
若干震え声なフィアは目を泳がせながら、ミネアに自分が作ると宣言した。
「でも変な物作ると……」
「私は頑張るから!」
この話が善大王に聞かれてしまえば、こっそり技術を上げたいと言っていたフィアの願いが果たされないと思ったミネアは気付かれないように、善大王の位置を確認する。
彼女の目に写った彼はヴェルギンと話しており、自分達の会話は聞かれていないと判断し、溜息をついた。
「分かったわ。でも、フィアは私の弟子のような存在だから……下手な料理を作らせたくないわ」
「頑張るから大丈夫だよ」
「それ含みで、よ。頑張るのは当たり前、その当たり前をしてもなお、失敗した時の為に私が作ったことにしておくわ」
「なんで?」
「まだ修行の最中であるフィアの力を見せたくないから……という所ね」
弟子として、同志として、ミネアはフィアに失敗してほしくなかったのだ。だからなのか、一度の失敗という汚点すらも作らないように、自分がその代わりを引き受けようとしている。
フィアを信用していないようにも見えるのだが、彼女がまだ料理を身に付けていないという時点で、仕方がないとも言える。
「ミネアがそう言うなら、それでいいかな。じゃあ作るね!」
フィアの承諾を受けたミネアは、すぐさま善大王の行動を制限することにした。見られてしまえば嘘は役に立たなくなってしまう。
「……善大王、とっておきの料理を作るから、完成するまで様子を見に来ないでほしいんだけど……いい?」
「ほー、そこまで言うならのんびり待っててやるよ。楽しみにしてるぜ?」
「……あんまり期待しないでほしいのだけれども」
事前に期待感を削いだ後、ミネアは台所へと向かった。フィアと一緒に向かってしまえば工作に気付かれてしまうと考え、フィアを玄関より外に出させ、台所にある入口より侵入させる。
ここまでするというのは、私の目にもやり過ぎに思えるのだが。
「(……料理楽しみだな)」
全てを分かりながらも、全てに気付きながらも、知らないようない態度で椅子に座りこんだ善大王はフィアの心配をしていた。




