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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
170/1603

15

 ──修行開始、一日目。早朝。


「フィア、起きんか!」


 金属音が鳴り響き、フィアは目を擦りながら覚醒した。

 音の根元にはおたまをフライパンに叩きつけ、甲高い音を鳴り響かせているヴェルギンがいた。


「むにゃむにゃ……まだ、夜だよ……」

「もう少しで日が昇る! その前に朝食の準備を整えろ!」

「えー……まだできないよー」


 未だに眠けが飛んでいないのか、フィアはいつも善大王にするような態度で、馴れ馴れしく話していた。

 光の国時代は毎日善大王に起こしてもらっていただけに、悪癖となっているのだろう。


「これ! さっさと……起きんか!」


 ヴェルギンは毛布に潜り込んだフィアを一瞥すると、毛布ごと持ち上げて地面に放り投げた。


「ふにっ……」

「自分のベッドメイクも、早めにやっておけ」


 フィアを起こし、するべきことを教えたヴェルギンは再び眠るべく、自室へと戻ろうとしていた。……ところが。


「待ちなさい」

「ん」


 扉に手を掛けていたヴェルギンは背後から聞こえてきた声に気づき、首だけを動かして後方を確認する。

 声の主は、先ほどまでの寝ぼけ顔とは一転し、怒りを露わにしているフィアだった。


「寝ていただけでここまでされる筋合いはないんだけど」

「起きたのならば、やるべきことを済ませろ」

「私はね、ミネアに恩はあるけど、あなたにはないのよ! ただ家を借りている程度。それで調子に乗ろうとしているなら──消すわ」


 表層から溢れ出す怒りの気配と、それに似つかわしくない、可愛らしい子供のしかめっ面。

 そんなフィアを見て、ヴェルギンは口許を緩める。しかし、それは決して穏やかな反応ではない。


「家主に対してその態度──天の国は最低限の礼儀すら教えていないように見えるな。貴族文化すら存在しない火の国にも劣る低俗さだ」

「天の国は……関係ないでしょ」

「国の主である王、その娘がこの体たらくでは国全体のレベルが知れておるわ」


 どうにも、意図的にフィアを煽っているようにも思える。それを証拠に、フィアの無礼を咎めるにしては彼女自身というよりかは、天の国を集中的に攻撃していた。


「私はともかく、父上を侮辱するのは許せないわ」

「……家の中を掃除するのは面倒くさい。続きは外で話すぞ」


 明確なフィアの憤怒を感じ取ったヴェルギンは、家の中での戦闘を避けるべく、表に出ることを提案する。

 ヴェルギン宅より少々離れた砂漠の一角。最も被害がでないだろう、ということでその場が選ばれた。


「それで、なんじゃったか」

「あなたが父上を侮辱したことよ」

「思い出した思い出した。それで、それがどうしたんじゃ」

「私はあなたを許さない」

「許さないなら、どうするんじゃ」

「こうする!」


 フィアは《魔導式》を瞬間的に展開し、地面を数回蹴りつけた。動作に連動し、術が起動する。

 思った以上に手際のいい発動をみて、ヴェルギンも少しは驚きを見せた。

 術の発動により生み出された橙色の光線はヴェルギン目掛けて放たれた。狙いはヴェルギンの耳、善大王との関わり故か、人を殺さないような位置に照準を定めていた。

 逆に言えば、ヴェルギンが少しでも動けば脳天を吹っ飛ばすことになる。そうさせる前に命中させるという自信があるのだろう。

 空を裂き、その音がヴェルギンの耳に届いた時には光線は既に目の前。回避ならばともかく、術による防御は間に合わない、導力での防御で防ぎきれる威力ではなかった。

 ヴェルギンの愚鈍な行動の代償として、片耳が消える。フィアが人を傷つける結果を望まぬとしても、貴族としての誇り高さを持つ彼女が譲れるはずもなかった。

 勝利を確信したフィアはありえない光景を前に、固まる。

 もはや間に合わない、そのはずが、フィアの瞳には静止した橙色の光線が映し出されていた。


「どうして……まさか!」

「さすがは天の星、神器の性能は知っておるようじゃな」


 そう言い、ヴェルギンは目の前で静止している光線に回し蹴りを放った。

 それ自体が破壊力を持つ術に対し、人体を使った攻撃を行えば、人間の部位の方が破壊される。

 故に、これは完全な愚行──そう思われるかもしれないが、この場にいる二人はそうとは考えていなかった。

 蹴りを受けた光線は橙色の粒子を撒き散らしながら、木っ端微塵に砕け散る。

 術に対する物理干渉。できるはずのない事象こそが、ヴェルギンの力──正確には《雷の太陽》が守護する神器の力だ。

 煌く橙色の粒子に照らされ、銀色に輝くヴェルギンの手元が明らかになる。

 それまでヴェルギンは手に包帯を巻いていたが、今その場所には、丸みを帯びた鉄板を重ね合わせたかのような銀色の手甲があった。


「《封魂手甲》ね」

「気づくのが遅すぎじゃのぉ。術を主とする星では、ワシには勝てんよ」

「くぅっ……」


 星と対峙した際に戦える者、有利に戦うことができる者ともなれば、この《封魂手甲》を持つ《雷の太陽》以外にはいないと言われている──善大王はかなり例外だ。

 術がどれほど莫大な力を保有していたとしても、術者との繋がりを強制的に断ち切ることで、機能を停止させることが可能なのだ。それを行うことができるのが、彼の神器だ。

 星を狩り、星を諌めるという主目的を感じる神器だと言わざるを得ない。

 ただ、星にも《風の星》のような近接特化型がいるので、この神器だけで殲滅することはできない。ある意味でいえば、最上位存在である《天の星》が暴走した際の保険というべきか。


「勝てぬのならば、退くのが聡明だと思うんじゃが」

「あなたに謝らせるまでは絶対にやめない!」


 やれやれ、という仕草をしたヴェルギンは腕に装備している《封魂手甲》を構えた。この時点で、術を使った正面対決において、彼は無敵だ。

 残る方法は後方、下方、上空からの攻撃に限られてくる。それであっても、ヴェルギンは防ぎきれるとでも言いたげに、空いた片手で構えた手を補強した。

 それを挑発と受け取り、フィアは正面突破を狙うことにした。それが無理であることは分かっていても、民と父、そして自分の尊厳を賭けた戦いで卑劣な手を使いたくはなかったのだろう。

 《魔導式》の展開を眺めるヴェルギンに対し、フィアはじっくりと順列をあげていく。


「(五十……いや、百番台までは伸びるじゃろうな)」


 術に関しては無敵なヴェルギンだが、今はフィアの術を先読みしようとしていた。

 いうなれば、これは必然。彼は自身の腕で術を打ち落とさなければならない。よって、軌道が読めない術は防げない場合もある。

 全ての術を封じられる代償は、相手の発動を待たなければならないというところ。故に、強大な術と分かっていても、事前に防ぐことはできず、正々堂々正面から叩き伏せなければならない。

 それを含めても、優秀な部類ではあるのだが。


「長らく待たせているようじゃが、ワシから攻撃してもいいのかのぉ」

「ご勝手に」


 そう言われても、ヴェルギンに攻撃する意志は微塵もない。

 ここで生半可な攻撃を行おうとすれば、防御が手薄になる。そうなれば、防げる術も防げなくなるのだ。

 だからこそ、この待つだけの時間は暇でしかなかった。暇つぶし、そして相手を揺さぶるべくヴェルギンはこのようなことを言ったのだ。

 結果から言えば、フィアは一切揺るがなかった。


「(神器の性質を知るからこその余裕、か。それとも、ワシが痺れを切らすのを待っているのか──どちらでも同じじゃな)」


 《魔導式》の完成が近づき、どのような術かが明らかになってくる。

 フィアとて、ヴェルギンが《魔導式》の判別が行えないような人間とは思っていない。

 ヴェルギンが一歩前に踏み出した瞬間、《魔導式》が起動した。

 完成後にすぐ発動するのは、対策や思考を行う暇を与えないという利点を持つ。ただ、そこまで考えた上ですぐに発動する人間は多くないだろう。大抵は用意できたらすぐ発射だ。


「(術名を唱えぬか。手を抜いているのか、それとも唱えずに突破できると思っているのか。お手並み拝見じゃな)」


 橙色に輝く《魔導式》をみたヴェルギンは頭の中でそう言い、ニヤリと笑った。

 術が発動され、周囲に凄まじい橙色の閃光が広がる。攻撃性は皆無だ。

 ともなれば、この術は天ノ百番・天恵光(ギフティサンライト)。広域回復系の術だ。


「(視界を封じた後に攻撃を当てれば破れるとみたか。なるほど……この程度か)」


 ヴェルギンは失望していた。《選ばれし三柱(トリニティア)》の頂点たる《星》、その長がこの程度の浅知恵しか持ち合わせていなかったことに。

 そして、最たるは彼の知る《天の星》の中で、フィアが誰にも勝っていないことが大きかったのだろう。性格、包容力、力に置いても。


「さぁ、何も見えないが、どうするつもりかのぉ」


 ヴェルギンはあえてフィアの手札を晒し挙げた。

 これ自体はたいした影響にならないが、気づかれているということに対する精神的な動揺、それによる術効力の軽減をヴェルギンは狙っていた。

 破られるはずがないと思って使う術と違い、防がれるかもしれないと考えた際の術は、効果が明らかに落ちてしまう。

 それは術に関したことではない。無茶無謀としてでも、自分を信じられない者は何においても弱い。


「言っておくが、目が見えずとも術を防ぐくらいは造作もないんじゃぞ」


 再度揺さぶり、ヴェルギンはフィアに最後の試練を行っていた。

 それは、精神力の強さ。力や包容力、性格がダメだとすれば、最後に残るのはこれくらいだ。


「なんで分かったの?」


 フィアは驚いていた。身体を震わせ、青ざめ、それはもう過剰と思えるほどに動揺していた。

 相手に自分の策が見破られ、さらにその策を打ち負かせると言われれば、こんな反応をしてもおかしくはない。


「(眩しさが軽減されたな。普通の術者ならば合格点じゃが、天の星ならば……問題外じゃ)」


 ヴェルギンは初めからフィアの力を調べようとしていた。

 長年師匠として生きてきただけに、相手の実力を知りたがる癖がついてしまったようだ。


「私は怒っているのよ! あなただって知っているでしょ、術者の感情は威力に関係するって」

「術者であれば精神を支配しろ。恐れや怒りは捨てろ、それができぬのであればそれまでじゃ」


 勝利を確信したヴェルギンは煽りではなく、反省点としてフィアに術者の覚悟を教えた。


「いや……まだ、諦めていなかったようじゃな」


 周囲に広がっていた閃光が一点に収束され、それがヴェルギン目掛けて放たれた。しかし、揺らいだ心から放たれたそれは、虚勢の光でしかなく、本質的な力は強くない。


「ここにきて正面対決とは……勇気というよりかは蛮勇じゃな。ただ、嫌いではない選択じゃ」

「どうかしら」フィアの声色が明らかに変化した。

「(この娘、本当に勝負を諦めていないのか──いや、これは勝ちを確信している声じゃ。何か秘策があるのか……)」


 《天の星》の凄まじさを知っているからこそ、ヴェルギンは最後の最後で疑った。

 ここまで何の才能も見せない戦い方をしている自体、そもそもは演技かもしれない。その可能性が今の発言で生まれた。


「《封魂手甲》はどんな術でも封印する。でも、封印までには少しの時間が掛かるという点と、術が本来持つ衝撃の何分か何厘かを受けるという、二つの弱点があるわ」

「ワシが、オヌシの術の余波で倒れるとでも?」ヴェルギンは拍子抜けした。


 今言った二つの弱点は、当然彼も熟知している。良く知っているからこそ、対策も打っていた。

 つまり、この場合はフィアの読み違え。対策を打っていないという前提での正面対決では、ヴェルギンに届かない。

 放たれた閃光に触れた途端、ヴェルギンの身体が僅かに揺れ、《封魂手甲》の効果が発動する。閃光は、すぐに停止した。


「詰みじゃな」


 ヴェルギンは表情を和らげ、老人のような態度に戻った。


「まだ、まだ私は負けていない!」


 ヴェルギンは静止した閃光を一瞥する。この術に何かしらのトリックがあるのではないかと警戒して。

 だが、そのようなものは何もない。使用者との繋がりを切られた──封印された──時点で完全静止が成功しているのだ。起爆も必然的に不可能。

 念には念をと、ヴェルギンは足蹴りで叩き割ろうと、足を大きく振り上げた。

 踵落としを放った直後、ヴェルギンの耳には確かに届いていた。強く足踏みを行い、靴が砂を擦る音が──空が裂かれていく音が。


「何度やっても無駄じゃ」


 厳しい顔になり、ヴェルギンは足を振り下ろしきった。

 橙色の粒子を撒き散らしながら、閃光は砕けていく。湖面に太陽の光が映り、光の反射で美しく煌くような光景が、何もない空中に広がった。

 ヴェルギンの前方に広がる人工と自然が生み出した光の芸術。その先にあったのは、自然とは程遠い、人の手によって書き換えられた現象。橙色の光線だった。


「いっけええええええ」


 フィアの呼びかけに応え、光線は加速していく。標的はヴェルギンの持つ《封魂手甲》だ。

 ヴェルギンは散らばっていく粒子を見ながら、一つのことに気づいた。


「(なるほどな、この閃光は術発動後に周囲へ散らばった、天属性の残留マナを操作して放った一撃だったんじゃな。回復系の術から飛んでくるはずもない攻撃という二段階の攻め。そして、その締めがこれか)」

 ミネアが燃え盛る炎を鎮められるように、フィアも天属性のマナを制御できる。

 ここからはヴェルギンの言った通りだ。回復術で終焉するはずだった術は、マナへ還っていく間にフィアの制御下に収まり、攻撃性を含めた閃光に姿を変えた。

 これ自体が大きな罠。この不意打ち、この大技の時点で勝負を決したと大抵の者が考える。だからこそ、回避できる場面でも防ぐ。

 《封魂手甲》のもうひとつの弱点。それは、術を連続して防げないということだ。再発動には小さな時間の間隔が生まれてしまう。


「(詰みはワシのほうじゃったな)」


 ヴェルギンは強者だからこそ、回避できないと分かりながらも見苦しく逃げようとはせず、そのままの体勢で止まった。

 橙色の閃光は銀色の手甲に命中し、ヴェルギンを吹っ飛ばす。しかし、最終的には神器を壊すには至らず、ヴェルギンも空中で宙返りをして無事に着地した。


「攻撃を当てられたら勝ちか、甘い考えじゃな」

「首を跳ねても良かったのよ?」

「それならば避けていただけのことじゃ。相手に死の恐怖、死の臭いを感じさせられぬ時点で二流じゃ」

「初めから、当たる場所が分かっていたみたいな言い分ね」

「ああ、そうじゃ」


 二人は睨みあった。睨みあったとはいったが、主にフィアが一方的に睨んでいるだけだ。


「勝てなかったら口論で、って?」

「いやぁ、ワシは《選ばれし三柱(トリニティア)》じゃからな、その主である《天の星》に怪我を負わせるようなことはできんからのぉ」

「《雷の太陽》は防御だけ。手札を知られていることが承知なら、嘘を言わないことね」

「分かっているならそういうことは言わんでほしいのだがな。攻撃ができぬ《雷の太陽》相手に一方的に攻撃をするなどと……何とも小さい」


 フィアは気づいていなかったが、事実、ヴェルギンは勝利することが可能だった。正確には、彼の言った通り、フィアの攻撃を凌ぐすべを持っていたというべきか。


「そろそろ飯を作ったらどうだ」

「……そうね」


 眠気も吹き飛び、一応はヴェルギンの家に宿泊しているということを思い出し、冷静になったフィアは提案を飲んだ。


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