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「えっと、どれ?」
「あれ! あのお城よ」
「おし……えっ、本当? まさかライカちゃんって、お姫様だったり?」
ライカは静かに頷いた。どうやら、そうらしい。
くそ、うっかりしていたぜ。適当に幼女と一発する予定だったが、この様子ではそれもできないだろう。
そもそも、王族とはそういうことをしないとシナヴァリアと約束したばかりだ。ここで安易にそれを破るのは忍びない。
しかし、運が良かったかもしれない。この飴をダシに馬車を貸してもらい、《風の大山脈》まで一直線だ。……まぁ、幼女とは帰りにでもすればいい。
城の入り口で木箱を置いた俺は事情を話し、兵士に受け渡した。正直言って、結構重かった。
「お父さんに合わせてもらえるかな?」
「父さん? ええ、いいわよ?」
すんなりと行き、俺は謁見の間へと通された。いや、善大王としての権力を使えば簡単ではあるのだが、やはり恩があると話も進めやすい。
玉座に腰を掛けている男は、だいぶ変わっていた。
この世界の物とは思えない白色の制服――話によるとスーツというらしい――に袖を通し、オールバックにした黒い髪などが目に付く。
一応言っておくが、黒い髪というのは途轍もなく珍しい。というよりかは、この世界には存在しない髪の色とも言われているのだ。
なんでも、異世界人が持つ特徴だとかなんとか。俺も詳しくは知らないが。
「娘が世話になったようですね。あなたは?」
「お初にお目にかかる、善大王だ」
その言葉を述べた瞬間、王様は血相を変えた。
「ぜ、善大王様……でしたか。紹介遅れて申し訳ありません、私はラグーン王です」
「ああ、知っている。今日は善大王としての仕事の途中で寄った。なに、何か文句を言いに来たのではないから安心してくれ」
そこは王の風格か、俺の言葉を冗談と判断して気を緩めてきた。
「父さん、外に行ってきていい?」
「習い事に遅れないならば構いませんよ」
ライカはこの場に残る気はないらしく、あっさり出ていってしまった。
二人きりになり、俺は咳払いをして話を切り出す。
「新任だが、善大王としての任には当たらしてもらっている。この雷の国内で起きている問題についてもいくつかは触れた」
「それについての感想などはありますか?」
「治安はまぁまぁか。だが……奇妙な事件が発生しているな」
光の国には軽い報告が来ている程度だが、なんでも姫が攫われるような事件が多いんだとか。
飴を千個も買おうとする辺り、ライカのおつむについては知れている。きっと子供が騙されるような方法で連れ去られているのだろう。
「ライカの件ですか?」
「報告が不明瞭でな、どういう解決法を取っているんだ?」
順当に身代金を渡しているのか、それとも武力で制圧しているか――ただ、後者についてはあり得ない。
雷の国は平和ボケしている国としても有名。光の国のように治安がいいというわけではなく、具体的な武力を翳していないのだ。
光の国は表立って騎士団を動かし、懐刀として聖堂騎士を置き、公表されない存在として暗部がいる。
治安のいいとされる光の国ですら、そこまでの治安維持機関を置いている。
逆に、雷の国では警備隊のような組織がある程度で、軍らしきものは存在していない。
「フリーの冒険者などに救助活動を任せていますね。今は、ある腕利きの使い手が半ば専属的に処理をしてくれていますが」
「善大王としては悪が栄えるような土壌は見逃したくないのだがな。なるべく事件が起きないようにしてくれ」
「手は打っているのですがね、ライカについては……」
口ごもったラグーン王は一度目線を逸らした後、話し始める。
「つかぬことをお聞きしますが、善大王様は超常能力をお知りで?」
「人間由来の能力、と聞いている。《魔導式》などを用いずとも瞬間的に事象を発生させられるとも」
「その通りです。ですが、超常能力者は社会的に迫害されているのが現状です」
それについては善大王の職務でも幾度か目にしている。
原因不明の殺人や暴行事件などを目にした時、被害者が超常能力者なのではないか、という推測もされていた。
ただ、それも分からないでもない。人間側の法則から逸脱した存在を恐れる人間は多い、俺はそうした恐怖を覚えないが。
「雷の国はそうした超常能力者を保護しているのですよ」
「保護? ……しかし、それらしい者は見なかったが」
「ええ、それについては雷の国内部でも静観されているわけではありませんからね。彼らは地下にいますよ」
まるで幽閉だ、と思ったのが顔に表れたのか、ラグーン王は立ち上がった。
「どうです、見に来ませんか?」
「そうだな、善大王として超常能力者の現状を知っておきたい」