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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
169/1603

14β

 ──その頃、善大王は。


「お兄さん……」

「どうだ? 楽しかったか」


 小麦色の肌をした少女は上気した顔を浮かべ、善大王の膝に頭を預けていた。


「俺も今日は、とても楽しかった。ありがとう」


 しんみりとした雰囲気のまま、二人はベンチに座り、雑踏を眺めていた。

 夜の入りとあって、マーケットは賑わっている。ちょっとした祭り会場のような空気の色を感じながらも、善大王は少女の頬に指を沿わせる。


「じゃ、さっそく後半編と行くか!」

「うん!」


 二人はマーケットに繰り出し、いろいろなものを食べて回った。物珍しい旅芸人の芸などを見物し、楽しげに笑う。


「はは、おもしろいな」

「いつも見ているけど、お兄さんと一緒だともっとおもしろいかも」

「嬉しいことを言ってくれるな」


 不意に、フィアのことを思い出した善大王は空を眺めた。


「(そろそろ帰ってきていてもおかしくないな。戻っていたらどうするか……)」


 夕方に帰ってこいとは言ったものの、彼本人が夜まで外で遊んでいると知れば、きっとフィアは怒り出すに違いない。

 そうなれば、いつも通りに橙色の光線を避けるという、命がけの触れ合いゲームを強いられる。


「(ま、いっか)」


 楽天的に判断し、善大王は少女との遊びを優先した。

 そうこうして本格的に暗くなり始めた頃、突如として通信術式の呼び出しがかかった。本人に直接認識させる術な為、少女は気づいていない。


「少しだけ席を外す。すぐに戻ってくるから」

「うん、ここで待っているから」


 物陰に行き、善大王は応答した。


『ねぇ、ライト。あの……』

「お、フィアどうしたんだ? なかなか帰ってこないから心配していたぞ。遅くなるならちゃ

んと帰る時間を言ってから遊びに行けと言っただろう?」


 声の調子や態度から、宿に戻っていないことはすぐに分かった。とはいっても、これも彼特有の人間離れした観察能力によるものである。


『だから、私は子供じゃないって!』

「はいはい……まぁしかし、ちゃんと言って欲しいと思っているのも事実だ。いつフィアが帰ってくるか気掛かりでな」


 主に他の少女と遊んでいることが気づかれる為である。


『心配、かけちゃったね』

「心配するな。俺は俺で、今日はのんびり楽しめたから」


 のんびりといいながら、善大王は軽々と少女一人を抱いている。それも、昼から夕方まで。


『そう、ならよかった』


 少し話したいからなのか、フィアは切り替えた。『ライトは今日、なにして遊んでいたの?』


「ン……今日はいろいろかな」

『いろいろって?』

「酒飲んだり」

『ライトってお酒飲まないよね』


 善大王が口を滑らせた言葉を、すぐに指摘した。その指摘をしている最中、フィアはうっすらと何かに気づき始めていた。


『誰かと遊んだ?』

「俺は一人だったぞ? いやいや、それにしてもたまの休暇に一人でのんびりするのは悪くない。まぁ、フィアがいないのは少し味気ないがな」

『本当?』

「ああ、本当だ。俺は嘘をついたりしない」


 こういうことを悪びれず、平然と言う辺り、彼が善大王という役職に就いているのが不思議に思えてくる。


『そっか、そうだよね。じゃあ、詳しくは帰ってから聞くことにするよ。何でお酒飲んだって嘘をついたのかについても』


 酒を全く飲まないわけではないが、それでも善大王が個人的に飲酒するようなことはあまりない。フィアは光の国で滞在している間に、それを理解していたようだ。


「はは、冗談きついぜ、全く。それで、いつ帰ってくるんだ? なんなら迎えに行くが」

『えっと、今はヴェルギンって人のお家に泊めてもらっているから、しばらくは帰れないと思うかな』

「ほぉ、なんでヴェルギンと知り合ったか知らないが、それなら安心だな」


 一度は師として仰いだ存在だけに、善大王は彼のことを信頼しきっていた。


『それじゃ、そろそろ切るね』

「ああ、じゃあ俺は宿でのんびり待っている」


それだけ言うと、善大王は通信を切った。


「ねぇ、お兄さんまだ?」

「今終わったところだ。……よし、今日は用事もなくなったし、たっぷり遊ぼうか」

「やったっ」


 少女と向かい合いながらも、善大王は内心で自嘲地味に笑っていた。


「(あの様子、絶対気づいていたな……)」


 善大王は、当然ながらフィアが真相に気づいていると理解していた。

 フィアは独占欲が強い。だからこそ、光の国時代に始めてこのようなことが起きた際、彼女は暴れ回った。

 城の一区画──大講堂のような場所だったので、実は被害が少ない──を粉々に打ち砕き、物理と言葉で怒濤のように善大王を責めた。

 その時のフィアに対しては、いかなる弁解も薪にしかならず、怒りの炎は善大王すら鎮めることができなかった。

 ただ、この件については先ほどのフィアの反応をみての通り、少しは解決している。

 善大王を自分だけのものにしたいと思うフィアであっても、善大王には根負けしてしまったのだ。

 欲求処理を完全に寸断したからこそ起きた、欲望の一点集中の結果で。

 多くは語らぬが、善大王は夕方にフィアと会う度に彼女を求めた。何回も求めた。はっきり言って、少女でなくてもそれに応えるのは不可能だった。

 結局、善大王の心が自分を捉えている限りは、不誠実な行動も見逃そう、とフィアは諦めた。

 そうしたフィアの考えや、納得に至るまでの論理も見通しながらも、善大王は彼女のリミッターが外れた際の暴走を恐れていた。


「(と、まぁそんなこといっても……今は今を楽しまなきゃな)」



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