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「あわわ、ミネア! 早く!」
「(なんで普通に料理していて火が……)」
フライパンの上に置かれていた野菜だったそれは、すでに炭へと変わり果て、煙を出しながら炎を燃やしていた。
「早く消してよ!」
「分かっているわ!」
ミネアが燃えさかるフライパンを見た途端、炎はゆらゆらと揺れ、完全に消滅した。炭と煙は、言うまでもなく残ったままだ。
「ふぅー危なかったねぇ」
「危なかったぁ、じゃない! もう、何度燃やしているのよ!」
実はこの小火騒ぎ、一回目ではないのだ。
修行を開始したフィアがフライパンを握るだけでも数多くの戦いがありった。
キッチンナイフによって指を負傷し、腕に刺さり、ミネアに当たりかけ、それはもう散々たる戦いだった。
その死線の後に辿りついたのが現状。それですらこの始末なのだから、どうしようもない。ちなみに、小火騒ぎになったのは今ので五回目だ。
「だって!」
「だってじゃないわ! ほら早く、次!」
ミネアが急かしている時、フィアは窓の外を眺めていた。外はもう夜になっていた。
「ちょっといい?」
「……なに?」
フィアが外ばかりに気にしていることに薄々気づいていたミネアは、彼女の反応が真面目なものと判断し、師匠から巫女としての態度に切り替える。
「そろそろ帰らないと、ライトが心配しちゃうかなって……冗談かもしれないけど、夕方には帰ってこいって言ってたし」
「うーん、それもそうね。フィアもいろいろと面倒な立場だし、帰りが遅いと善大王が夜通し探すかもしれないわね」
ミネアが言った面倒な立場というのは、彼女からした見識ではなく、善大王から見てのものだ。
つまりは、天の国の姫というところ。そんな重要人物が連れ去られた、行方不明になったともなれば光の国の信頼は地の底にまで落ちる。
そういう面を含め、政治的な影響をそれなりに理解しているミネアは、フィアを善大王の元に返す必要がある。それも、無事に。
だが、ここではひとつの発想の転換を用いた。
「……泊まっていくってのはどう?」
「え?」
「この様子だとすぐに覚えられるものではないだろうし、家で一緒に暮らしながらの方が実践形式で学べるからいいと思うけど」
「うーん……」
フィアは決めかねていた。
確かに料理技術はのどから手が出るほどに欲しいのだが、善大王と一緒にいられない時間が長く続くというのも耐えられない。それほどに、彼女は善大王に依存しているのだ。
「ミネア、本当にその子を泊めてもいいのかのぉ」
ヴェルギンは言い、黙るミネアに再度言う。「ちゃんとルールを話してからの方が、思うんじゃが」
決して、フィアが宿泊することを嫌がっているわけではない。ただ、できればしない方がいいのではないか、といったような態度をとっている。
フィアはそんな風に、嫌がられながらも泊まるような、図太い精神の持ち主ではない。ヴェルギンの心を読まずに、その言葉の上澄み──額面通りにしか受け取っていなかった。
「ねぇミネア、私──」
「フィアは本気で善大王の助けになりたいの?」
言葉を遮り、ミネアはフィアの胸に重い言葉を投げつけた。
すぐに技術を覚えられるものではない、といった時点でミネアはフィアに問いかけていた。決して楽ではない、進む為には覚悟がいる、と。
その最後の決断はフィアに委ねられていた。これは、対人関係が不足気味なフィアにすら伝わっている。
「……ミネア、私がライトの助けになれると、本当に思う?」
両者間の会話をヴェルギンの耳に入れない為か、小声の耳打ちで行われていた。彼もまた、その会話を意図して聞こうとしなかった。
「フィアにその気があれば、ね。あと、ほんの少しの努力さえあれば、後はあたしが何とかしてみせるわ」
「うん、ありがとう」
ミネアにお礼を言い、フィアはヴェルギンに向かい合い、頭を下げた。
「私を泊めてください!」
「本当にいいんじゃな?」
「はいっ!」
フィアのまっすぐな眼差しを見て、ヴェルギンは察した。
「(本気じゃな……これならば、耐えられるじゃろうて)」
そこで笑みを浮かべ、片手を差し出した。「よかろう、こんな家じゃが、歓迎しよう」
「ありがとうございます」
ヴェルギンの伸ばした手と握手すると、フィアは自分で選択したことに自信を持ち、うっすらと笑った。
こうして、住み込み修行の延長が確定された。




