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「あれ、もうお話は終わったの?」
「今寝ている場所をみてから、もう一度聞いてくれ」
フィアはソファーの上で寝ているものとばかり思っていたが、実際はベッドの上だった。
「眠っちゃってた?」
「ああ、相当」
善大王は締め切っていたカーテンを開くと、窓ガラスを数回叩いて今の時間を伝えた。
「お昼?」
当たり前な質問をしながらも、フィアは約束を思い出し、急いで身だしなみを整えていた。
眠っていた時間、善大王の様子、そして昼という状況から一日が過ぎたと判断したようだ。
鏡に向かい合うフィアの様子を見ながら、善大王は呆れたように彼女を急かした。
「まったく、ミネアがさっき来ていたぞ。何の用かは言わなかったが、早く会いにいってやったほうがいいんじゃないか?」
「あー、うん。でも、ライトはいいの?」
「なにが?」
「その、光の国に帰らなくても」
「ああ、ヴォーダンからの提案でしばらく休暇をとることにしたんだ。ちゃんとシナヴァリアにも伝えてあるから問題ナシだ」
善大王としても、この休暇申請はとても都合が良かった。飽くまでも、これはヴォーダンからの要求であり、本来の休暇日数は減らされない。
強調するようにヴォーダンの提案、ということを押し出した結果、シナヴァリアも嫌々に納得した。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
「ああ、ちゃんと夕方になる前には帰ってこいよ」
「子供扱いしないでよ!」
「はは、分かった分かった。じゃあ、気をつけてな」
「うんっ!」
フィアは櫛を鏡の前に置くと、走って部屋から出て行った。かわいらしい走り方をするフィアを見て、善大王が微笑ましい光景だと思っていたことは言うまでもない。
「さて、フィアが帰ってくるまでどうするか……よし、とりあえず、遊びに行くか!」
カーテンが開け放たれ、外の景色が窺えるようになった窓際に寄り、善大王は町を歩く少女を検める。
その目は、明らかに子供をみるものとは違っていた。まるで、狩人が獲物を前にして見せる舌なめずりを想起させる、危険な前兆。
宿の外に出た善大王は、フィアの魔力を探り終えた後、興味を引かれた少女に話しかけた。
「やぁ」
「旅人さん?」
「ま、そんなところかな……どうだろうか、放浪の旅人に道先案内をしてくれないだろうか」
日焼けした少女は少し困惑した表情を見せたが、羽振りのよさそうな善大王の服装、彼の容姿などに惹かれ、承諾した。
「うん、そうだな。まずはどこかでお茶でもしよう、もちろん……俺が奢るよ」
「高いの頼んでもいいの?」
「もちろん、親切なレディには最上級の礼儀で返すのが紳士の嗜みさ」
そう言い、善大王は屈みこみながら少女の顎に手を回し、顔を近づける。
少女に抵抗させるようなムードを作らず、善大王は優しくも、悪魔のような甘美な笑みを浮かべる。
それだけで少女は心を奪われ、静かに頬を赤らめた。
「(うむ、やはりたまにはこうして発散しなくてはな。よし、今日はフィアが帰ってくるまでに、ちゃちゃちゃっと済ませておくか)」
ひとつの決意をした善大王は宿屋を目指す。




