18y
その日の夜、アルマは身支度を済ませ、城を出ようとした。
「アルマ様、お待ちください」
声を掛けてきた兵は聖堂騎士だった。
「魔物の対策は、善大王さんから聞いたのかな?」
「……いえ、ですがどこかに行かれるのでしたら、我々をお連れください」
「監視ってことね」
これは邪推などではなく、本当のことだった。
彼女には聖堂騎士の見張りが常につけられ、その動向は逐一報告されていた。
そう、この国で彼女を止められるかもしれない存在は、聖堂騎士だけなのだ。
唯一、相対しうると言われたシナヴァリアは、既に自身の故郷に戻っている。
その状況で今まで彼女を自由にしていた時点で、この国は平和ボケしていたのだ。
ただし、その平和ボケはただボケているわけではなかった、ということだろう。
「はい、あなたが魔物である事実はなにも変わっていません。無条件に国外に出し、何かがあったとなれば光の国の威信に関わります」
「関係ないよ、そんなこと」
「善大王様と、フィア様の名に泥を塗るおつもりですか?」
ここでその二人の名が出されたことで、アルマは眉を顰めた。
「へぇ、いい脅しをしてくれるね」
「善大王様から託された命令がありますので」
「……そ。でも、あたしには行かなきゃいけないところがあるの。それで、あなた達を連れて行く時間はないの」
「では……止めさせてもらい――」
一瞬のうちに吻が伸び、聖堂騎士達の肺に穴が開けられた。
「追えるものならどうぞ」
アルマは礼儀正しく頭を下げると、翅を広げて空に飛び立った。
本来、彼女は全員を一度に沈めることも容易に出来た。
しかし、それができない程度に、彼女は優しさを保っていたのだ。
「(あれくらい痛かったら、空中のあたしを落とすくらいの術は使えないだろうし……この国なら、すぐにでも治してもらえる)」
自分を納得させ、アルマは飛ぶ速度を速め、終焉の地へと向かう。
それから何日飛び続けただろうか。アルマは火の国の砂漠を見下ろし、ゆっくりと降下を始めた。
そこには誰もおらず、砂と吹く風の音だけに支配された空白があった。
誰にも見つからず、誰にも捉えられず、静かに自分の仕事を終えるにはうってつけの場所だった。
迫る寿命の中、最後にやるべき仕事。自分に残された、破壊の根を断ち切ることだった。
「(私の《《秘術》》は、魔物と一緒になったことで、変わった……だから、これはきっとライムちゃんが狙って作ったもの……)」
以前、善大王の前で見せようとしながらも、途中で詠唱を止めた術。あれこそが、魔物と融合し、屈折した願いにより変異した《秘術》だったのだ。
「ライムちゃんもあたしと同じように、もう死んじゃう……だからきっと、これを悪用しようとする人もいないはずなんだけど……」
アルマは彼女の狡猾さを知っていた。
人の心の弱みにつけ込み、自分の思いのままに全てを動かす彼女を知っていた。
だからこそ、自分が滅びたとしても、それを繋ぐ担い手を用意するくらいはやってくると警戒してしまうのだ。
アルマは《魔導式》を展開し、《秘術》を紡いでいく。
「本当なら、封印してなかったことにするのが一番だけど……この術は紛れもなく、ライムちゃんが欲しかった力。だから……」
彼女は目を閉じ、《魔導式》を完成させようとした。
この封印を行い、彼女は自身の命を終わらせようとしたのだ。
そんな時、彼女は奇妙な声を聞いた。
『お前の願いは、なんだ……?』




