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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
159/1603

5

 善大王はいつもと変わらぬ調子で定期船に乗り込み、座席に腰を下ろして本を読み始めようとしていた。

 フィアとは停泊所で分かれていた。善大王としても、定期船に乗り込む金がなければ引き返すしかないと思っていたのだ。

 予約席ということもあり、人は少ない。王族や貴族が使うような場所だからこそ、料金も比較にならない程に高い。


「ぐ、偶然だね」

「ああ、偶然だな」


 フィアは目線を逸らしながらも、善大王の隣の席に座った。

 一度呼吸を整え、フィアは懐からチケットを取り出した。


「シナヴァ──私が予約したんだよ!」

「なるほど、シナヴァリアに予約してもらったのか。それで、フィアはどこに行くんだ?」

「えっ? 私はライトについて行きたいんだけど」

「(偶然って言ってそれはどうなんだよ……)」


 下の寝も乾かぬうちに、フィアは嘘をついたことを白状した。フィアの場合、何かを考えてバラしたのではなく、ただ単純にうっかりなのだろう。


「なるほどな」


 善大王は本を閉じ、憂鬱そうに天井を眺めた。そのまま眠りに落ちようとしていた。

 しかし、フィアはそれを許さない。


「ねっ、甲板にいこうよ」

「……分かった。甲板にでもどこにでも連れて行け。本日限りはこの善大王様を貸し出してやる」


 もはや自棄気味な善大王はフィアの手を引いて、甲板に向かって歩き出した。

 それからはいつものように時間を過ごし、善大王は退屈な船旅をどうにかこうにか耐え忍んだ。

 雷の国についてすぐにラグーン王を通じて早馬を調達し、火の国に向かって出発する。気の利いたことに、食料や水などもたっぷり詰め込んである。

 火の国に辿りつくまでに結構な日数を使った。大陸間移動なのだから、それも仕方がない。

 ただ、今回は公務なので休日は減らされない。そこだけは善大王の安心材料だった。


「(ま、フィアがいなければもっと楽しく過ごせたがな)」


 口や顔には出さず、善大王は不満を溜め込んでいた。

 謁見の間までの道のりは以前と違い、険しくなかった。かつての一件により、彼の顔は知られているのだ。

 善大王は皇としてヴォーダンに会い、不遜ながらもフィアを同伴させた。


「ヴォーダン、久しぶりだな」

「善大王殿も元気そうでよかった──いや、互いに脇道に逸れている場合ではないな。それで、鉱物を譲って欲しいというのは?」


 仮にも会談と銘打っているにもかかわらず、ヴォーダンはいきなり本題に入った。


「さすがはヴォーダン。話が分かる。ということで、事前に報告した鉱物を譲って欲しいのだが」


 それだけでヴォーダンは理解するが、笑みを浮かべたりはしなかった。


「事前に要求は聞いている。だが、タダというのはな……いくら価値が高くないとはいえ、量が量だ、善意で譲るというのは少々重いとは思わないか?」


 善大王の礼儀を弁えないフランクな話し口調に気を留めることもなく、ヴォーダンはさっそく交渉を始めた。

 ヴォーダンの要求は当然安くない。おそらく、火の国で取引されている通常価格の数倍は出せ、という意図を含ませているのだろう。

 そんな理不尽だとしても、光の国は呑むしかない。個人から買える量は限りがあり、なおかつ断れば情報が漏洩する。そう考えると、内密に大口購入する方法はこれしかないのだ。


「(ま、口封じと国家規模の鉱物取引だ。ただの善意でくれるはずはないな)」


 冷静に判断した後、善大王は声を小さくする。


「マナを使用可能エネルギーに変換する技術。そんなものがあったとすれば?」

「マナは人間が使えるエネルギーではない、そのようなことは百も承知だ。そのようなことができていれば──なるほど、《光の門》か」


 《光の門》の仕組みは光の国の一部の人間しか知らない。その一部ですら、本当の意味で理解しているわけではない。

 国民すらよく分からないままに利用している構造物だが、他国でもそれが何かしらの意味を持っている程度の認識は存在していた。

 ここぞとばかりに善大王は紙を手に取り、ヴォーダンの前で広げる。兵士もいないので、このようなことをする必要はない──彼だけに見せるという意味であれば。


「……本当か?」


 不敵に笑い、善大王は首を縦に振る。

 接近の意味はつまり、情報が持つ価値の大きさの強調だ。紙に書かれているのは、《光の門》の情報提供を示す内容だ。


「ああ、俺は愚王だからな。歴史や風潮を遵守したりはしないさ。それよりは、火の国との友好を深めたい」


 善大王はかつて事件を起こしたことを皮肉り、そう言っていた。


「愚王か、面白い。火の国からすれば賢王だ、友好の証として受け取ろう」


 ヴォーダンは手元に置かれていた書状を手に取ると、赤い導力で自分の名を刻んだ。

 続いて善大王もヴォーダンに見せ付けていた紙に黄色の導力で署名する。

 互いにそれらを交換すると、紙の表面に文字が浮かび上がった。事前に書かれていた内容は上書きされ、各属性色の光文字が《魔導式》のように立体的に写る。

 すぐに内容を確認し、二人は懐にしまった。その時点で光文字も消える。

 今は文字が二重に書かれているような状況になっているわけだが、導力の痕跡を探ることで正しい文字を調べることは容易。

 ある意味でいえば、契約書としての性格と対価が記載された明細書とも言える。


「運搬については商人を通じ、分散させて送ろう。奴らには仕事を任せることになるが、足はつかない」


 公的なやり取りは違和感を生む。だからこそ、非効率ながらも小規模取引を連続して行うという手を取ることにしたようだ。

 そうしてあらかたの話をし終えた二人は、やはり王らしくもなく気分を崩した。


「善大王殿はお疲れか?」

「いやいや、もう慣れましたよっと」

「ふむ、無事に善大王をやっているというわけか」


 ヴォーダンとしては、善大王の成長は少なからず喜ばしいこととして捉えられていた。

 他国の王が成長すれば、必然的に交渉が難しくなる。自分側に有利な状況を呑ませづらくなるので、互いに腹を探り合わなければならない。

 ただ、善大王は例外だ。彼は世界の全てを支配できる権力を持っている。

 そのような存在が未熟であれば、大きな悲劇を生み出してもおかしくない。かつて、皇の暴走を見たヴォーダンだからこそ、それを強く思う。


「(なんか話しているけど、よくわかんないなぁ。早く終わってくれないかなぁ)」


 フィアは王同士の話に首を突っ込むことができないので、退屈していた。

 一応は彼女も天の国の姫なので役者としては十分だが、フィアはその立場を好んでいない節がある。

 そもそも、現在の二カ国は密約を交わしているので、ここでの第三勢力の登場はよろしくない。

 閑話休題、退屈に耐えられない子供としての性質が表に表れだし、フィアは善大王の背中を小突いた。


「ねぇ、ライト。席を離れてもいい?」

「迷子にならないようにな。困った時は俺の思念を辿れ」


 善大王に了承を取ると、フィアは黙って謁見の間から出ていった。


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