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──一日前の夜。
善大王が光の国を出て行く際、いつもフィアはついていこうとしていた。だが、毎回毎回善大王に乗せられ、結局ついていけずにいた。
自分が直接何かを言っても、丸め込まれてしまうと理解したのはつい最近。そして、今まさに彼女はそれを覆そうとしていたのだ。
フィアは善大王の予定を管理できる人間をどうにかすれば、ついていくことが可能ではないか、と思っていた。
そして、その対象として選ばれたのが、光の国の宰相であるシナヴァリアだった。
天の国の姫、という名義を使ってシナヴァリアとの直接交渉を取り付けたフィアだったが、当然こんな二人が公然の場で話をできるはずがない。
シナヴァリアは城内でも人のこない倉庫を指定し、夜の内に話を終わらせようとした。
夜な夜な会った二人は、さっそく話し始めた。
フィアの要求はただひとつ、善大王についていきたい、というものだった。
「なるほど。それで、善大王様についていきたいと」
「うん」
シナヴァリアは怒っていない。それでも、見つめられるだけでも睨み付けられているかのような感覚に陥り、フィアは震え上がっていた。
それでも、彼女は善大王と一緒にいたいと願っていた。恐怖すら跪かせ、勇気を持って話す。
「……しかし、善大王も光の国の代表として出向かれるので」
「駄目?」
「駄目かと言われますと……」
フィアとしてはこれは明らかな交渉だった。ただ、シナヴァリアからすればただのわがままやお願い事程度にしか写っていない。
「善大王様が話したこと、行った場所については他言無用ですよ」
「いいの?」
「はい、天の国の姫様の願いとあれば、光の国の宰相としてもお断りできません」
特に具体的な条件が提示されることもなく、フィアの要求は許可された。
ただ、これはシナヴァリアの感情論で決定されたことではない。ある意味で言えば、論理に基づいた行動だ。
現在の天と光の国の関係はよろしくない。姫の不満ひとつでそれが揺らがされる可能性も、ゼロではないのだ。
危険因子の排除として、彼女を連れて行かせるだけならば軽く済むという見込みもあった。さらに言えば、フィアの管理は善大王に任された仕事でもあるのだ。
次に問題になるのは今回の鉱物取引情報の漏洩だが、これについては以前の学園調査で問題なしと判断された。
彼女はそもそも交友関係を持っていない。他人と触れ合えるような人間性も持っていない。
そして、そんな性格が相成ってか、フィアの存在は世間的には認知されていない。天の国の姫は存在こそしているが、どんな容姿をしているかを知っている人間は限られるのだ。
つまり、善大王と天の国の姫が一緒にいたとしても、両国の関係が深くなっているようには見えない。交渉相手の火の国に余計な懸念を抱かせることもない。
最後のおまけとして、善大王の問題行動を抑制できる、という考えも存在していた。
「(怖かったけど、この人……シナヴァリアさんって良い人なのかな?)」
フィアの戦術は稚拙ながらも、正面突破型だった。
敢えて敬語を用いず、子供のような態度で動いていた。子供のわがままは簡単に断ることができないだろう、という彼女なりに良く考えた作戦だったのだ。
堅実で情に流されない、鬼教官としてのシナヴァリアを知らなかったからこその──無知故の勝利というべきか。
ただ、情に流されない、というのは少し間違いかもしれない。
「(この子を見ていると、ティアのことを思い出す。今頃、どうしているだろうか)」
シナヴァリアは比較的頻繁に《風の大山脈》に戻っていた。年に一度か、それよりも少ないかという程度だが、彼の複雑な身分を考えるとそれすら頻りといえる。
フィアの姿をみながらも、彼は似た年のティアを思い浮かべていた。善大王の一件で里帰りもできなくなり、長い間ティアとは会っていないようだ。
ティアの誕生後にすぐ里を抜けてしまい、兄としての責務を果たせなかったというのも、フィアを支援することとなった理由なのだろう。
「明日は馬車に乗り込んでいてください。私が手を打ちます」
「シナヴァリアさん、ありがと」
フィアは嬉しそうに倉庫から出て行く。そんな様をみながら、シナヴァリアは咳払いをした。




