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「のんきに待機か」
「ふむ、やはり君ならばなんとかしてくれると思ったよ。ここにきたということは事件が解決した、ということだね」
屋敷に戻ると、貴族はいつもと変わらない様子でグラスの中の液体を眺めていた。
「俺を利用したのか」
「君は意固地になっていた。臆病になっていた。疲れていた。だからこそ、失言は全て取り消そう、実力でその無礼すらも吹き飛ばす活躍をしてくれたんだからね」
「何故利用した」
「君一人を寄こせば十分解決できるとみていたからね。信用の裏返しさ、さもなければこの屋敷を捨てて逃げていたよ」
実際は領地に潜ませていた私兵の一人が、兵士の死体から水の国の関係者ではないと気づき、それを伝えたからこそ中止になった。もちろん、ガムラオルスは知らない。
「これからもがんばってくれたまえ。君の働きには期待している」
「くだらないな……本当に」
「ほう」
「俺は誰にも縛られない──俺は、魔轟風に選ばれた男だ、家畜とは違う。家畜ならエサで十分。だが、魔轟風に選ばれた者に与えられるものはない」
貴族が嘲笑してみせた途端、凄まじい速度の刺突が高級な衣服を突き破り、脇腹を貫いた。
「かっ……な、何故」
「俺は傭兵になる。大勢に属さず、俺が俺である為に」
これも読んだ書物からの引用なのだが、瀕死の貴族がそれに気づけるはずもない。
「た、たのむ……医者を呼んでくれ。たのむ……」
「小悪党が風を飼いならそうとした裁きだ。死して後悔しろ」
引き抜いたショートソードを貴族の心臓に突き刺し、彼はその場を後にした。武器は当然、刺したまま置いてきている。
事を終えた後は城下町で外見の良い剣を購入し、魔剣と呼んで自分の武器とした。
武器の調達を終えてすぐに水の国を抜け、火の国へと移動する。
《風の一族》かつ《選ばれし三柱》であるガムラオルスが、砂漠の移動程度を苦にするはずもなかった。
そうして、彼はヴェルギンと出会うことになる。
──幾度か瞬きし、ガムラオルスは目を開けた。
「どう、ご飯は」
「悪くない……よくもないがな」
そう言い、ガムラオルスは外に出ようとした。
「どこに行くの?」
「貴様には関係ないだろう」
「食事をおごったんだから、それくらい……いいんじゃない?」
面倒くさそうに「近くの森を歩いてくるだけだ」とだけ告げ、ガムラオルスは店を後にする。
近くの森に入るなり、日陰になっている木に寄りかかり、瞳を閉じる。
ミネアからの連絡は通信術式で来るという手筈になっていた。ここで寝ていても、問題はない。
短い眠りから目を覚まし、未だ連絡がこないことを不審に思いながらも、彼は町に帰る為に歩き出した。
途端、数人の死体が視界に飛び込んでくる。かつてはそのような仕事に殉じていただけに、驚きはしない。
「抗争か? だが……」
町の様子から、そのような血気盛んな者達が多くいるとは思えなかったらしく、奇妙な違和感を覚えながらも森を抜けようとした。
「待て、これをやったのはお前か」
「……違う」
即答してから振り返ると、そこには赤茶色の短髪で活発そうな青年が立っていた。
その表情には憎悪が滲み、ガムラオルスに対する威嚇の意を込めている。
「ならば、誰がやった」
「さあな……俺は知らない、そして興味もない」
「人が死んでいるんだぞ」
「フッ、関係ないね」
ガムラオルスの斜に構えた態度は、相手を余計に怒らせる結果となった。
「お前を火の国に突き出す」
「くだらない……俺を捕らえたとしてもなにも解決しない。そして、それ以前に俺は捕まらない。誰も、この魔轟風の使い手を捉えることはできないのだ」
言いながらも、ガムラオルスは死体の状態を確認する。
傷口が縦に開いている。間違いなく、刃物での傷だ。
彼は小型の剣を一本持ってきている為、言い逃れはできない。
そもそも、その傷の具合からして獲物はリーチの長くないものである可能性が高いのだ。
「なら、俺がお前を倒す」
「貴様が? ハッ、それこそくだらない話だ」
適当に流してその場を離れようとするが、ガムラオルスは動きを止める……いや、停止させられた。
「術……いや、《超常能力》か」
体にまとわりつくのは見えない力場。
念動力系の能力と考えるのが無難か、と彼は冷静に状況を確認していた。
「捕まってもらうぞ」
「残念ながら、この程度なら」
念動力は継続性よりも瞬発性が高い。初動の一発目は防げなかったが、継続的な拘束ならば《風の一族》を封じ込められるほどでもなかった。
力場の鎖を引きちぎり、ガムラオルスは悠然と男へと近づく。
「実戦級の能力者をみるのは初めてだ。てっとり早く、勝負で決めるとするぞ」
「勝負だと」男は狼狽した。
「どうせ貴様はなにを言っても納得しないだろう? なら、俺が勝てば見逃せ。負ければ、捕まってやろう……意味はないがな」
彼からすれば、これは好都合だった。
ただの移動中の修行だけでは飛行の取得は難しい。逆に、実戦形式で戦いながらならば、体得の可能性も高まるのではないか、と。
「分かった。ならば二日後に決闘だ。逃げるなよ」
「ああ、逃げる必要すら感じないな、貴様程度」
意気揚々と決闘を受け、ミネアから告げられた宿に戻ると、赤髪のお姫様は不満そうな顔をして待っていた。
「なんで連絡に応じなかったのよ」
「応じただろう?」
「五回も呼び出してようやく、ね。なに? 嫌がらせのつもり?」
「さあな、小娘では理解できないことだ」
いつも通りの反応に憤り、彼女はガムラオルスに蹴りを放つ。当然これは避けられたが。
「明日の朝には出るわよ。もう用事は済んだわ」
「……ならば俺はこちらに残っていく」
「何でよ」
「それこそ、お前が知る必要がない。魔轟風がそうしろと囁いているだけだ」
真面目な表情をし、ミネアは言う。
「あんたは巫女の護衛を任されているのよ。それが分からない?」
「帰りは馬車に乗っていけばいい。ここからならば借り受けることも難しくはないだろう」
「イカサマしろって?」
「ああ」
彼が何かを隠していることはすぐに分かった。だからこそ、ミネアも深くは問わない。
「面倒な男ね」
「貴様も面倒な女だ」




