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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
151/1603

8

「常人からは評価されない力だがな──か、なるほど」


 ガムラオルスは毎日の読書で着実に知識──ろくでもない知識──を身につけていった。

 私兵となって一ヶ月、ガムラオルスは《風の一族》としての力を存分に振るい、己の正義はともかくとして貴族に力を貸し続けた。

 ただ、不正が本質的に存在するからは、ただで済むはずもない。


「フォルティス王から調査の命令を受けている」

「いくら王の命令とはいえ、準備もなくされては困る。新王は礼儀がなっていないのかね?」

「法外な労働を強いているという疑惑が出ている。おとなしく入らせてもらえないか」

「さて、なんのことやら」


 国が出してきたのは数人の兵士。それなりの手慣れ──ならばよかったのだが、兵の練度は想像するよりも遥かに高い。

 軍備増強については貴族も知るところであり、短期間で兵を鍛え上げ、かつ武装も一級品にしていると貴族は判断した。

 私兵では対処できない。ともあればどうするべきか……答えは簡単、ガムラオルスに事態の収束を図らせる。


「部下に連絡を通させてほしい。なに、手元に寄せておくだけだよ」

「……わかった。少しだけ待とう」


 その待つ時間だけで小細工をすることは不可能、それも事前に読んでいたらしく、貴族は顔色を変えない。

 すぐにガムラオルスは現れた。貴族から手渡されたお下がりの黒マントを羽織り、内に何を潜ませているのかは知りようもない。


「では、調べてもらってもかまわない」


 農村の幾つかに指示を出した紙が保管されているが、それを発見されずに済めば静かにことは解決するのだ。その後に書類の扱いを変えるなりすればいい。

 結局足はつかず、兵士達は釈然としない様子で去っていった。


「いや、助かった。これは臨時の褒美だ」


 手渡された金貨を受け取り、ガムラオルスはマントを翻してその場を後にした。

 図書館で冷遇の御曹司という本を読む為なのだが、どうにも今回は落ち着きがない。

 しばらく歩き、視線を感じた時点でガムラオルスは急に振り返った。


「誰だ」

「あなたに啓示を授ける人。今すぐあの貴族とは縁を切ることをお勧めする」


 気味の悪い灰色のマントを羽織り、顔はフードで隠しているという不審人物を前に、ガムラオルスは口許を歪めた。


「何を言っているかがわからないな」

「近い内に、あの人は捕まるわ」

「馬鹿馬鹿しいそのようなくだらないことを言いに来たのか?」


 本に影響されてか、ガムラオルスの言葉遣いは変化している。それまでの憧れだったシナヴァリアから一転、他者に理解されない隠れた天才を演じているのだ。


「一斉に押し寄せてきた時は城の傍の小屋に逃げるといいよ。そして、アホ毛と鮮やかな青い髪が特徴的な少女に助けてもらいな」

「なんの話だ? さっきからわけのわからない話ばかり……」

「すぐにわかるわ。じゃあね」


 理解できないまま、ガムラオルスは図書館に向かう。

 事件が起きたのは数日後。



「水の国が攻め込んできた? 馬鹿なことを言うな」

「ですが、武装した兵隊が領地内に……」


 報告役の私兵に対し、貴族は冷静さを欠いた様子で悪態をついた。


「水の国がそのようなことをするはずがない。……仕方がない、一時的に逃亡するぞ」

「屋敷内の者達には」

「放っておけ。お前は荷物運びの役としてつれていってやる。ガムラオルス、お前も運び出しを手伝え」


 ガムラオルスはいままで貴族を利用してきた。小金も稼ぎ、しばらく生活には困らない。

 悪として認識したことはあまりなく、理想的な共栄関係ではあった。しかし、このような状況になってまで恩義を尽くす相手ではない。


「あんたには世話になったが、これまでだ。俺もこんなところで燻っている男ではないのでな──それに、魔轟風が呼んでいる」

「何を──今までの恩を忘れたのか!」

「さあな」


 そうして出て行こうとした時、貴族はガムラオルスを引き止めた。


「出て行くなら《スエット》の村にいけ。身を隠すにはちょうどいい」

「なんのつもりだ」

「なに、諦めたつもりではないが、君には幾度として助けてもらった恩がある。しばらくは君も含め、手配されることになるだろう──捕まってほしくはないのだよ」


 貴族は冷静さを取り戻し、落ち着いた様子で告げる。


「俺は今後、あんたと関わるつもりはない」

「それでもだ。君から秘密がバレるようなことはない、助けるのはただの善意だ」


 運が悪いことに、ガムラオルスは疑心をもってはいなかった。彼の読む小説も、全て主人公にとって都合のいい展開ばかりだったのだ。


「礼は言わない」


 ガムラオルスはそう言い残し、手持ちの地図に従ってスエットを目指す。

 捕まるかもしれないという危機感を持ち、隠れながらではなく速度で抜けきることを是としたガムラオルスは、ものの一日で目的地へと到達した。

 しかし……。


「あれは……」

「間違いない、雇われの私兵だ」

「ならばあいつの居所をしっているかもしれない。やれ」


 窓も扉も閉じられた家しかない村の中、ガムラオルスは数人の男に囲まれた。そして、同時にそれだけではないことにも察しがつく。

 迫ってくる敵を業物の剣で薙ぎ倒していくが、それを補充するようにすぐさま兵士達が押し寄せてきた。

 これではまるで、自分がこの場所にいると分かっていたのではないか、とガムラオルスは考える。それが答えだった。

 このスエットは件の貴族の領地。丁度、兵士に襲われていたという場所だ。

 ガムラオルスを外に出した後、貴族は農民達に命令を送り──通信術式によって──篭城するようにと命令している。

 兵士達は待ちぼうけをくらい、攻めるにも攻め入れず、手をこまねいていたのだ。

 農民達は事前に聞かされたことを実行するように、部屋の中でガムラオルスの話をする。

 それを聞き逃す兵達でもなく、それまでまったく知られていなかった情報が瞬間的に広まったのだ。


「弱き者達よ、愚鈍なる力で俺に挑もうとは笑止。この俺、魔轟風の使い手ガムラオルスと相対するには役者不足と言わざるを得ない!」


 直接的に物語の登場人物が使うセリフを流用するようなことはなくなり、ガムラオルスは次の段階へと移行していた。つまりは、自分で設定を作るということだ──役者不足というのは意味が間違っているが──。


「魔轟風だと、奥の手か?」

「虚言だ! つぶせ、つぶせ!」


 兵士達はまさに雑兵の如く、次々と倒されていく。その戦いの最中、ガムラオルスは奇妙な違和感を覚えていた。


「(水の国の兵は練度が高いと言われていたが、これではゴロツキよりもマシという程度だ)」


 一人の首を刎ね飛ばした途端、ヘルムが外れて褐色の肌が目に入る。

 それは水の国では珍しい──ほとんどない肌。南方の砂漠地帯に住む者の特徴だ。

 事実を目の当たりにした途端、刹那の記憶が巡った。

 城傍の小屋、一斉に襲われた時には、そうした単語が頭の中で再生される。


「(あの女はこれを予見していたのか)」


 この時点でガムラオルスは交戦をやめ、逃亡に入った。臆病というよりかは、この戦いが無駄だと分かったからこそだ。

 追っ手は迫るが、ガムラオルスの速度に追いつける者はいない。

 半日の時点で追っ手は消え、木陰で僅かに仮眠を取った後、改めて水の国へと向かった。


「小屋……ここか」


 不思議なことに、水の国に入っても警戒されている気配はない。ただ、それについてはうっすらとだが予想していたようだ。

 襤褸ではあるが、それでもきっちりとした耐久性を持っていると一目で分かる小屋。扉は経年劣化こそしているが、多用されて疲労しているようにはみえない。

 ノブを握り、小屋の中に飛び込んだ。途端、殺風景な部屋の中でパンを齧っていた少女が、彼を出迎える。


「あなたがガムラオルスさんですか」

「青い髪、あの女の言ったとおりか」

「シアンです。同類として、あなたを救う為に動いていますが──一応、この国の姫です」


 同類、という単語が出た途端、ガムラオルスは怪訝そうな顔をしながらも口許を歪める。


「なるほど、お前も魔轟風の使い手か。この世界に俺だけだと思っていたが、なるほどどうして、予知じみた技をやってのけたわけか」

「あの──それ、知りません」

「そうか。くだらない……ただの人間か」

「《選ばれし三柱(トリニティア)》です。あなたと同じ」

「同じ?」

「はい、わたしは水の星。あなたは風の太陽──ティアちゃんは風の星ですね」

「ティア……」


 聞き覚えのある単語、ティアに似た奇妙なアホ毛。信じるには不足だが、聞く意味のある情報であるとガムラオルスは判断した。


「向こうから協力を申し出てきたんですよ」

「向こう?」

「あなたが戦った人達ですよ。砂漠の盗賊達、盗賊ギルドが」

「通りで弱かったわけか。俺が人間を超越した強さを持つとはいえ、水の国の兵があの程度ならば拍子抜けもいいところだ」


 自尊心の強いガムラオルスの発言を受けながらも、シアンは顔色を変えなかった。


「話を戻しますが、あの農村には誘拐された人達が多くいたそうです。その中に、盗賊ギルドのメンバーが混じっていた、と。それがあの人達が協力してきた理由です」

「俺に話してどうする」

「気になるかもしれないと思いまして」

「ああ、なら聞かせろ。あの女も盗賊ギルドか」


 シアンはしばらく考えた後「分かりかねます」とだけ告げた。


 黙ったまま、部屋の中でパンを食べていたシアンだが、それを完食した後に話題を切り替える。


「あなたは火の国に行った方がいいと思いますよ。この水の国は、合わない……違いますか?」

「そうでもないさ、多少の享楽を得るには都合のいい国だった」

「でも、あなたは強くなりたい」

「っ」


 心中を見通したように、シアンは淡々と告げる。


「ならばどうした」

「火の国は優秀な戦う者が集います。文化しかないこの国よりは、目的に近いと思いますよ」

「ハッ……まぁ、この国に飽きていたのは事実だ。だが、お前のような小娘の命令で行くと言うのは気分が悪いな」

「なら、わたしはなにも言いません。火の国に何かがあるという保障もありません。では」


 あまりにもそっけない態度を前に、ガムラオルスは何をすべきか迷った。

 結局、火の国に行くという結論に至るまでそう時間はかからない。ただ、問題はその前段階だ。


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