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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
150/1603

7

「ついに外界ですか……よし、では手始めに」

 当面の目的を持たないガムラオルスは、第一の目標を見つけるべく、水の国の図書館を訪れた。

 しばらくの滞在費は、里から持ってきた手芸品類を売り、数週間分の費用として用意している。

 《風の一族》が作っているだけあり、戦闘に関わる者ならば実用性のある衣類なども存在していた。

 ただ、購入者の多くが物珍しさに引かれた貴族である。

 それは逆に運が良かったというべきか、その内の一人は話をすることを条件に数日の宿を提供することを提案してきた。

 昼は図書館や城下町巡り、夜は屋敷で貴族と談笑。そうして、ガムラオルスは外界の情報を仕入れていく。

 かれこれ二週間が経った頃、ガムラオルスは臨時の護衛を任されていた。

 どうにも、その貴族はかなり悪徳な側に踏み込んでいたらしく、敵対者は余るほどいる。

 ガムラオルスは伝説の《風の一族》──その上、血を引いているだけではない、現行部族で生きていた者なのだ。

 近衛兵との模擬戦闘で複数相手を軽くのした時点で、彼は仕事にありつくことになる。

 神器の存在は半ば秘匿され、ガムラオルスは自身の体技だけでどこまでやれるか、ということを目標に動き出した。

 それと時を同じくし、ガムラオルスは建国記や英雄記などをほとんど読破し、ついに近代的な創作物に手を着け始める。


「黒衣の剣士……か、なるほど」


 黒いマントを羽織った剣士が、圧倒的な力で敵を倒していく話だ。

 少年が好みそうなものだけに、年相応なガムラオルスは熟読し、熱狂する。

 その日の夜、いつものように貴族を襲いにくる敵対者の尖兵。余所の貴族の所属か、それとも不満が持つ民が扮しているかは、ガムラオルスには分からない。


「陽動は成功か……一気に攻めるぞ」


 屋敷の表では五名の男が武器を持って暴れている。

 その最中、壁をよじ登って進入した三名は暗殺に特化した武器を構え、次々と屋敷の中へと入っていった。

 屋敷の中では誰とも遭遇することもなく、男達は進んでいく。

 首都住まいの時点で雇う私兵の数は少ない。だからこそ、表での大きな騒ぎでほとんどの戦力が集結しているのだ。


「この奥だ」

「行くぞ」


 薄明かりが漏れる扉を蹴り開け、三人の男は一斉に攻めようとする。

 しかし……。


「三人か、少ないな」ガムラオルスは言う。

「なっ……こちらの手を読んでいたのか?」


 侵入者の一人は慌てるが、リーダーと思わしき男は毅然と言う。


「保険だろう。だからこそ、一人しかいない。武器もない」

「そ、そうだよな。民の為だ、こいつも殺すぞ」

「小物臭いセリフを言うもんだな。民の為だなんだと正義を掲げ……だが、俺は黒衣の剣士だ、お前達の一人や二人を殺したってどうってこともないぞ」


 作品中で使われたセリフを意気揚々と言い、ガムラオルスは高揚しながらも男達を睨む。


「おい、黒衣の剣士って……」

「あいつガキだし、憧れてるんだろ。私兵どころか、娼夫なんじゃねえか?」


 ガムラオルスは憤り、油断しきっている二人の男の首を刎ね飛ばした。

 漆黒のマントの内に隠されたショートソード。近接戦をやろうとすれば不足な武器であるが、不意打ちであれば影響はない。


「なんだ、今の……」


 残った一人は、今起きたあり得ない現象に驚き、動けずにいた。

 ガムラオルスの動きはまさに、刹那の動き。目にも写らない、目にも止まらない、顔を判別することもできない、そんな速度ではないが、十分に早い。


「君はガムラオルスを甘くみたようだね。彼は最強だよ、なにせ、あの《風の一族》だからねぇ」


 青髪とカールした髭が印象的な中太りの貴族は、買ったばかりの玩具を自慢する子供のように、満足げに語った。


「《風の一族》……まさか、そんな」

「君達は運が悪かったな。正面に攻めている者達も、今頃は水の国の兵に捕縛されたころだろう……そちらならば、命は繋がったろうに」


 貴族は告げ、豪奢な赤いビロードの椅子に座ったまま、赤ワインを舐める。


「どこの人間かね」

「言うと思うか?」

「ガムラオルス」


 命令に従い、ガムラオルスは男の指をへし折った。


「早く言うのが利口だと思うがね。私としても、君のようなドブネズミ一匹を潰しても仕方がないのだよ。だからこそ、言えば逃がしてあげよう」

「断る」

「ふぅむ、分からない男だねぇ。ガムラオルス、死なない程度に」


 腕にショートソードを突き刺し、そのまま手の甲の方へと下ろしていく。

 苦悶に満ちた絶叫が木霊し、腕は裂けた巨木の枝のようになり、男の片腕はつかいものにならなくなった。


「早く言わないと死んでしまうよ。うむ、そうだな……家族はいるかね? いるならば、悲しい思いをさせるものではないよ」

「ぐ……」

「君の家族の為だ。仲間も悪くは言うまい」

「──の貴族だ」


 貴族は高笑いをあげ、ワインを机に置く。


「貴族を恨みながらも別の貴族の言いなりかね。いやはや滑稽……この国に民の味方となる貴族などおらんよ」

「あの人はお前とは違う!」

「ふむ、良い話をしてやろう。その者は麦の流通ルートを握っている……だが、私はそれよりも太いラインを持っているのだ。分かるかね、彼からすれば私は邪魔なのだよ」

「なにがいいたい!」

「やっていることは同じだよ。法外な労働条件で農民を奴隷の如くに扱い、大量の麦を作っている。彼も私と同じ方法を使っている……だからこそ、競合していることが厄介だったんだろうねぇ」


 貴族の抗争の為に民が利用される。これは大昔からずっと続く、体のいい鉄砲玉のような戦法だ。

 足がついてもシラを切り通せる。都合のいい、かつ安く運用できる手だ。


「なるほど、では彼には消えてもらわんとな……うむ、ガムラオルス、用は済んだぞ」


 無言でショートソードを向けるガムラオルスを見た途端、男は驚愕する。


「待て、それでは約束が」

「約束とは対等な立場で行うものだ。君のようなネズミ風情が対等などとは烏滸がましい」


 屋敷に悲鳴が満ち、その後には入れ替わるように静寂が支配した。


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