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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
149/1603

6

 無事にメルトへと到着したミネアは町長宅に向かった。

 護衛とはいえ、ここからは巫女の管轄であることもあり、ガムラオルスはしばしの休息を賜ることになる。


「それで、お前は何故俺の傍にいる」

「ミネアさんはお礼をする前に行っちゃったから。あなたに何かお礼しないと、気が済まないよ」

「いらん」

「食事だけでもどう?」


 空腹感を覚え、ガムラオルスは仕方なく頷いた。

 近くの食堂に入り、ガムラオルスは第一声でもっとも高い品を選ぶ。遠慮はしない人間のようだ。

 席に座ると、スケープは改めて頭を下げる。


「今回はどうも。無事に辿りつけたよ」

「俺は望んでいなかったがな」


 つんけんしたガムラオルスの態度が気になったのか、スケープは問いを投げかけた。


「聖なる風とかって、なんなの? アタシ、そんなに変かな」

「……貴様の風を、魔轟風は嫌っている。恐れているわけではない、ただ気色が悪いだけだ」

「女性経験がないとか?」


 ガムラオルスは黙り込み、持ってこられた丼を食し始めた。


「彼女とか、いるの?」

「いない」

「本当?」

「ああ」


 そう言いながらも、ガムラオルスの頭の中には、一人の少女の姿が写り込む。

 緑色の髪、三つ編みおさげ。元気で、裏表のない、悪くいえば馬鹿っぽい少女。

 自分よりも強い、一族の長の娘。


「(あいつは違う。俺は、俺はいつかあいつを倒す。その為に、里を出た)」


 ガムラオルスは過去のことを思い出した。何故、自分が外界に出てきたのか、その始まりを。


 ──四年前。


「はい、ご無沙汰しています」

「いやぁ、分家の方まで来てもらっちゃって。それで、外はどうなんだい?」


 部族長テントの外から、ガムラオルスは部屋の中を伺っていた。

 一人は気さくそうな緑髪の女性。ガムラオルスの母らしく、決して若くはない。

 その向かいにいるのは、深緑色の髪をした人相の悪い男。目つきは鋭く、それに恐れてガムラオルスは家の中に入れずにいた。


「やはり、外では山と違って多くを知ることができますね。仕事の方も安定してきましたし」

「そりゃよかったよ。まぁ、シナヴァリアのような子が族長になれば《風の一族》は安泰だね」

「いえ、それほどではありませんよ」


 表情こそは怖いが、シナヴァリアの物腰は柔らかい。


「おう、ガムラオルス。なにしてるんだ?」

「うわっ!」


 驚いたガムラオルスは家の中に入ってしまった。


「ガムラオルス君か、初めまして。私はシナヴァリア……本家の方からきました」

「そ、そうなんだ……」

「そうなんだ、じゃないよ。あんたも挨拶くらいしたらどうだい」


 母に促され、ガムラオルスは不格好に頭を下げる。


「おぉ、本家の方のボウズじゃねえか。久しぶりだな」

 ガムラオルスを驚かせたのは、彼の父だった。分家の族長ではあるのだが、口調からはそのような役割であるとは感じさせない。


「お久しぶりです」

「それで、光の国ではどうなってんだ?」

「とりあえずは文官候補生になることができましたよ。今は諜報部隊の所属ですが」

「ほぉ、よくわかんねぇが、すげぇことやってんなぁ」

「仮にも族長でよくわかんねぇとはなんだい。光の国の文官候補って言えば、すごい待遇だよ。シナヴァリアなら宰相にもなれるんじゃないかね」

「さぁ、どうでしょうか」


 どんな話をしているのかを理解できなかったガムラオルスだが、このシナヴァリアという男がすごいことだけは理解していた。


「(《風の大山脈》を出て大成しているなんて……かっこいい)」


 それから、ガムラオルスはシナヴァリアの真似をして敬語を使うようになった。若い内はよくあることだ。



 善大王が再度現れた日、それから少しの時間──今から数ヶ月前──が経ち、ガムラオルスはひとつの覚悟をした。


「父さん、母さん、明日には外に出ます」

「なんだと!? おい、ガムラオルス、それがどういう意味か……」

 ガムラオルスに掴みかかった父親を制し、母親が前に立つ。


「母さん。分家も今のままではいけないと思います。ですから、シナヴァリアさんのように──」


 母親の拳がガムラオルスの頬に食い込み、壁に叩きつける。

 テントの布は大きく捲られ、吹き荒れる風の力ですぐに元の形に戻った。


「シナヴァリアは本家の里に存在する全ての書籍を完全に学んで、それで出ていったんだよ。それに、あんたと違って年も上だった」

「ですが」

「出て行くっていうなら縁を切るよ」


 普通なら考える局面。しかし、ガムラオルスは既に覚悟を決めている。


「分かりました。では、出て行きます」


 事前に用意していた背嚢を背負い、ガムラオルスは両親に背を向け、外界へと下ろうとした。

 その時……。


「おい馬鹿息子。なら手を隠しておけ」


 投げられた包帯を受け取ると、ガムラオルスは自身の手の甲に刻まれた、《風の一族》の証を隠した。

 これは大昔にカルマがしたのと同じ行動。一族から抜ける意を含めた儀式だ。

 ただ、それは本当に大昔のこと。時代は変わった──いや、カルマによって変えられたのだ。


「お前が困っても助けねぇ。だが、俺らが困ったら助けにこい。分かったな」

「……はい」


 皮を剥ぎ取って証を消すのではなく、隠すことによって立場を戻すことができる。

 古き時代、カルマが一族の危機に舞い戻ったことから、風習の形が変わって伝承されたのだ。

 手の甲に包帯を巻きつけると、ガムラオルスは母親から大きめの布袋を受け取り、里から出ていく。


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