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いくつかの村や町を経由し、六日目となったある日、ガムラオルスは気づく。
「視線を感じないか?」
「……ええ。それよりも、魔力の方が気になるわね」
感覚が優れているガムラオルスと、魔力の探知を得意としているミネアで答えは違っていた。しかし、内容は同じ。
「俺が接近して始末する」
「いえ、あたしが動いたほうが早いわ」
二人はしばらく黙った後、ミネアが先制する形でガムラオルスの胸倉──身長的に鳩尾部分になっているが──を掴み、睨み付ける。
「あ、た、し!」
「俺だ。小娘は黙ってみていろ」
「……もしかして、あたしが姫だから気を遣っているの?」
ここで肯定すれば全てが解決したのだが、ガムラオルスは何も隠さなかった。
「なんのことだ? 俺は魔轟風に抗う愚か者を始末したいだけだ」
「それはこっちのセリフよ! あたしに喧嘩を打ってくるような奴は焼き殺すわ」
「いや、俺がやる」
「あたし!」
「俺だ!」
「あたしよ!」
言い争いを続けていると、不審そうな視線を向けながら一人の女性が近づいてきた。
「旅の途中に喧嘩?」
「あ?」
「なによあんた」
激怒中だからか、二人とも初対面だというのに威嚇する。
「そういうのは良くないと思うよ」
先に冷静さを取り戻したミネアは咳払いをすると、早速弁解に入った。
「ま、そうね。あたしが子供だったわ」
「いまさら自覚したか? 愚かしい小娘だ」
「だ、か、ら! なんであんたはそんなに偉そうなのよ!」
いがみ合う二人に呆れたのか、女性は背負っていた背嚢から二つの水筒を取り出した。
「どうぞ。これでも飲んで落ち着いて」
言われて初めて、二人とも喉が渇き始めていることに気づく。
「フッ、いいだろう。この魔轟風に選ばれた俺が飲んでやろう」
「ありがとう。みっともないところみせて悪いわね……」
途端、ミネアは再度冷静になり、飲むのを躊躇った。
「(さっきの視線、魔力はこの人の? だとしたら……この中に毒が──)」
ガムラオルスに注意しようとした時、彼は既に飲み始めていた。
「ふむ、なかなかにいける」
「え……毒とか入っていないのかしら?」
「臭いの時点で毒は入っていないことは分かる。味で確定だ」
《風の一族》は人類種の範囲ながらも、明らかに人間を越えた能力を持っている。だからこそ、毒物検知能力も高いのだ。
「毒なんていれてないよ」
「そ、そう……悪かったわね。さっきから変な視線を感じていて」
そう言いながらミネアは水筒に入っていた液体を飲む。
口の中に広がる芳醇な果実の味わい、かつて王宮で儀式の際に飲んだそれを思い出し、ミネアは言い当てるように女性に告げる。
「これ、ワインね」
「ブドウジュース。発酵はしていないのでアルコールもないけど」
少し当てが外れ、ミネアは頬を赤くしながらも美味な葡萄飲料を飲み干した。
二人が飲み終えたと確認するや否や、女性は口許を歪める。
「(まさか、遅効性の毒!?)」
女性はミネアに近づくと、逆さにした手を伸ばしてきた。
「御代をちょうだい」
「え」
「ブドウジュース二杯分。銀貨一枚で」
唖然としながら、ミネアは自分の格好を検める。特別な用件できていることもあり、今回は王族としての服装なのだ。
「(なるほどね、王族にぼったくろうとしていたわけね……ま、いいけど)」
敵対者ではないと安心し、ミネアは懐に付けていた皮袋から金貨を取り出し、女性に投げる。
「美味しかったわ。チップも付けておいたわ」
「どうも」
そう言うと、女性はその場を離れていこうとした。
「待て」
ガムラオルスの制止に応え、女は動きを止める。
「なにか?」
「お前──聖なる風の者だな」
またか、とミネアは飽きれ返った。
何かに気づいたかもしれない、と一瞬でも勘違いした自分を恥じながらも、ガムラオルスの腹に一発を叩き込む。
「何言ってんのよ」
「隠しても無駄だ。魔轟風は貴様を忌み嫌っている」
そこで改めて、ミネアは女性の姿を確認した。
十四歳程度と思われる、まだ若い──それこそ少女と言われてもおかしくない女性。プロポーションは顔とは対照的。年不相応にグラマラスだ。
髪は明るい紫色の短めポニーテール。瞳は紅色。肌は太陽光を浴びていないかのように真っ白。風属性を思わせる身体的容姿は持ち合わせていない。
服装は雷の国で流通している紺色のスーツ。行商人しては珍しい格好であることは否めない。
「良く分からないかな。あなた達はこれからどこに行くの?」
未だ不機嫌なガムラオルスを放置し、ミネアが引き継ぐ。
「火の国の国境沿いにある町よ」
「そう。ワタシもそこに行く予定なんだけど……ご一緒してもいい?」
「別に嫌ってわけじゃないけど、なんで?」
「盗賊に絡まれたら面倒だからね。あなた達からは強い魔力を感じるから、ジュースで恩を売ればタダで用心棒にできると思ったの」
金を払わせておいて、その上で恩を売るのはどうなのだろうか、とミネアは思っていた。
「いいわ。つれていってあげるわ。名前は?」
「ありがとう。スケープよ」
「聖なる風の者よ、助平心を出した時は容赦しない。覚えておけ」
「あら、あんたにしては以外と素直じゃない」
ガムラオルスは何も答えず、先んじて歩き始める。




