4β
ヴェルギン宅から少し離れた場所で向かい合い、ミネアは挑発して見せた。
「さぁ、来なさい」
「一瞬で終わらせてやる」
ガムラオルスは瞬間的に距離を詰め、ミネアに蹴りを放つ。子供相手に大人げない、結構な威力を付加させていることがよくわかった。
ミネアはこれを寸前で回避する。仮にも《風の一族》の攻撃なだけに、この行動が如何に異常であるかは、ガムラオルス本人が一番理解していた。
「術者において一番大事なのは火力と連続性。でも、その次くらいに大事なのが、リカバリー能力。あんたの攻撃は単調なのよ」
術者として、近接戦闘ではなく回避力を高める為に、ミネアはヴェルギンと修行を行っている。
歴戦の戦いを越えてきたヴェルギンの変幻自在の攻撃と違い、ガムラオルスの攻撃はただの一直線。身体能力の差があろうとも、ヴェルギンには劣る。
動揺しながらも攻撃を続行しようとするガムラオルス。しかし、ミネアは既にことを終えていた。
「《火ノ十番・火球》」
凄まじい速度で展開されていた《魔導式》が起動し、術が発動する。
火の玉がガムラオルスに迫るが、もって生まれた身体能力を駆使し、接近しながらも避けた。
二度目の奇跡はない、と拳を放とうとした途端、ガムラオルスの眼前に火の玉が出現する。
「詠唱をしなければ、こういう風に罠を仕掛けることもできるわ」
瞬時に両腕を交差させ、炎の直撃を防いだガムラオルスだが、この一撃で彼は遠くへと吹っ飛ばされる。
「近距離戦が苦手なくらいじゃ、術者はやっていけないわ」
一つの術を用意する時間さえあれば、そこから平行してもう一つの術を展開できる。
展開された術は低順列でこそあるが、巫女の能力で威力は強化、彼女の才能も付加して破格の威力にまで昇華する。
この途絶えることのない、嵐の如く怒濤の攻撃は必然的に、最大級の防御ともなるのだ。
これこそがミネアの実力。相手の心理を完全に見通すような力はないが、誰も受け付けない攻防自在の戦術を使いこなす。まさに、突破不可能の不動要塞だ。
「(あの男が弟子に取るだけはある、か)」
この数巡の攻防だけで、ガムラオルスはミネアを実力者だと認めていた。
《風の大山脈》で彼に相対できたのはただ一人、皮肉にも、ミネアと同じ巫女の──風の巫女であるティアだけ。
「なるほど、面白い。接近戦では虎の懐に飛び込むにも等しい。認めてやる、お前の実力」
「あら、以外に素直ね」
「ああ、だが──お前が勝利を確信するには、必要条件を満たしていない」
奇妙な発言に、ミネアは怪訝そうな顔をする。
ガムラオルスの発言は妙に演技掛り、恰も舞台役者が台本を読んでいるかのようだ。事実、彼のこの発言は本人が考えたものではないのだが。
「遠距離攻撃ができるのが、お前だけだと思うな」
瞬間、マントに隠れたガムラオルスの両肩が緑色に輝き、一対の光線がミネアに向かって放たれた。
「(《魔導式》を使わないで術攻撃? だとすれば《超常能力》……あり得ないわ)」
ミネアはかぶりを振り、迫ってくる光線に狙い1を定める。
「《火ノ十四番・火華》」
複数の火球が出現し、それぞれが乱雑に光線へ向かって飛び交った。
全弾命中、大抵の術を停止させるだけの威力は叩き出されている。
だが……。
「(ッ……消しきれない)」
魔力の減退を感じなかったミネアは咄嗟に回避行動に移ろうとするが、光線の速度はその判断速度を遙かに上回っていた。
この直撃でミネアが死ぬことはない。多少の怪我を追わせる程度、戦闘続行も可能だろう。
しかし、それでもミネアがこの撃ち合いで負けたのは事実。
初見であればまず対策が打てない、それこそが神器の強みだった。
光線が衝突しようとした瞬間、光の流れが急激に停止し、完全に固定化される。
「新人歓迎はここら辺でやめじゃ」
ヴェルギンの介入で、その場の争いは水に流されることになった。




