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「傭兵? そんなものはウチの国じゃ募集してないぞ」
「魔轟風の使い手である俺は一国に収まる器ではない。だが、力試しとして一時期とはいえ力を貸してやる、そう言っているんだ。ありがたく受け取ることだな」
門番は妙に尊大なガムラオルス──黒いマントに鎖の装飾を身につけている──の対応に困っていた。
「とりあえず、冒険者の印を見せろ。冒険者ならば王にも謁見できる、そこで好き勝手に聞くがいい」
「フッ、言っただろう? 俺は勢力に属する気はない。魔轟風に選ばれた俺は最強すぎる為、常に孤独なのだ……そう、孤高なる風だ」
咄嗟に門番はガムラオルスの手元を確認する。片手の甲に包帯が巻かれているが、凹凸がない時点で違和感に気づいた。
「冒険者でもないのに、砂漠を渡ってきたのか?」
「ああ、俺は魔轟風の導きを受けている。あの程度の砂漠、俺からすれば砂場を歩くに等しい」
「上級冒険者以外は踏み入れないはずなんだが……」
「くだらないことだ。それこそ、魔轟風の声を聞けぬ、程度の低い人間の規律でしかない」
門番はようやく理解し、手を交差させた。拒否、というハンドシグナルのようだ。
「不正入国者に会わせるわけにはいかん」
「いいのか? この俺の魔轟風があれば、貴様を一撃で葬り去ることも可能だ」
「魔轟風とはなんだ!」
「クク……ククク!」
ガムラオルスは突如として笑い出すと、体を反らせ、意気揚々と語り出した。
「魔轟風、それは選ばれた人間だけが観測することのできる力であり、存在であり、概念だ。俺はその魔轟風の意志を知り、我が力として行使できる。選ばれた存在の中でも特に特別、本来は存在しない第十三階梯目の使者だ。階梯は本来十二階梯が最後だが、俺は魔轟風の始祖となった存在の血を引き、転生した為に隠されし階梯に──」
「そんな概念があるとは聞いていないぞ」
少し愉快そうに話していただけに、遮られたことが不満らしく、ガムラオルスは憤った。
「魔轟風を理解できない者ならばそうだろうな。フッ、蛇足だったな……早く王の元へと通せ。死にたくなければな」
妙に長い講釈のせいか、門番は呆れを通り越し、一つの答えに辿りついていた。
この男の言い分は全て妄言であり、適当なことを言って自分の力が凄まじいように見せたいだけ、だと。
「そういうのはやめてくれ。俺も仕事中なんだ」
「なるほど、通さないというか……なら、魔轟風の裁きを受けてもらおう」
「はいはい、やってくださいよ、その魔轟風とやらを」
瞬間、周囲に凄まじい風が吹き荒いだ。マーケットに並ぶ壷が揺れるほどの、かなり強い風。
「ハハ、どうやら魔轟風は久しい血の晩餐を前に、高揚しているようだ」
「まさか……本当に?」
僅かに驚いた門番は、武器を構えた。
「無駄だ! 喰らえ、《偉大なる魔轟風》」
しかし、なにも起こらなかった。
「な、なんだ?」
遅れて弱い風が吹き、ガムラオルスは高笑いをあげる。
「クク、どうやら魔轟風が出るまでもないらしいな」
「お前、さっきのも偶然だろ!」
「本当にそう思うか?」
「もう付きあえん。出て行ってくれ」
「貴様程度の雑兵を雇うならば、一時でも俺の力を借りる方が得だと思うがな」
「雑兵……だと? いいだろう、上級冒険者しか踏み入ることを許さない、砂漠に住まう者の力を見せてやる」
煽りを受け、門番は手に持った槍を構え、ガムラオルスに突進してきた。
「魔轟風が手を出すまでもない、そう言っただろう?」
ガムラオルスの姿が消えた。
「なっ……逃げたのか?」
「貴様程度に逃げるわけがないだろう」
瞬間、門番は意識を失う。ガムラオルスの手刀が彼の後頭部に直撃したのだ。
「さて、では王とやらに会わせてもらおうか……」
扉を開けた途端、足下が赤く輝き、城のあちこちから兵士達が集まってくる
「侵入者だ!」
「捕まえろ!」
槍や剣を持ったものが一斉に押し寄せ、ガムラオルスは退路こそあれど、進行する為の道を塞がれてしまう。
「フッ……いい腕試しができそうだ。そうだろう? さぁ、俺を楽しませてみろ!」
一気に攻めてくる兵士を一瞥し、ガムラオルスは口許を歪めた。
刹那、彼の両肩が激しい緑色の光を発し、一対の光線を集団に向かって放射する。
道を塞いでいた五十あまりの兵は一瞬で倒され、ガムラオルスは悠々と道を進んでいった。
最後の扉の前にて、彼の前に立ちふさがる一人の男がいた。
「オヌシの目的はなんだ。王の暗殺か」
「クク、くだらないことを聞く男だ。俺はこの国の傭兵になってやろう、そう提案してやっただけだ。恨むならば、愚鈍な雑兵を恨むがいい」
「……何故、傭兵になろうとする」
銀色の手甲を構えたヴェルギンに問われ、ガムラオルスは告げる。
「一勢力に義をなすより、他国に一時力を貸す傭兵、その方が俺の性にあっている。俺が自身と同等と認めた、黒衣の剣士もそうだった」
状況を理解したらしく、ヴェルギンは尖らせていた気配を緩めた。
「戦う気はない、ということじゃな」
「ああ、この国の雑魚をいくら狩っても仕方がない。俺を相手取るならば、一国の軍とて不足するだろうからな」
「そうか、ならば話は早い。傭兵を認めてやってもいい……だが、それはワシに勝てたらの話じゃ」
「お前が、か? ハッ、おもしろい! 前世で魔を滅ぼした英雄として武勲を立て、かつての輪廻で一つの世界を支配した俺の力を見せてやろう!」
ガムラオルスとヴェルギンの出会いは、こうしたものだった。




