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フィアの恐ろしさ、恐怖は学園中に伝播し、生徒間では暗黙の了解として知れ渡っていた。
だが、そんな都合を知らない善大王はフィアにどっきりをしようと、何の気もなく学園に足を踏み入れた。
「(さてさて、フィアの様子は……って、まぁそうだろうな)」
教室の外から中を覗きこむと、休み時間だというのに一人で本を読んでいるフィアが目に入る。
「(今日はしっかり言ってやらないとな……)」
善大王がその場を立ち去ろうとした時、突如としてフィアは教室中に殺気を振りまいた。
それに呼応し、別の場所にいた生徒達が一斉に集まり、目線を病的にまで泳がせながらも彼女の傍に寄ってくる。
「(ん、意外と人気なのか?)」
最初こそはそう思った善大王だが、そこに少女がいたからには真の状況を知るまでに時間は掛からなかった。
「(あいつ──よし、帰るか)」
黙ったまま学園を後にし、執務室でいつものように公務を執り行った。
夕刻、当たり前のようにフィアは部屋に飛び込み、善大王に抱きつこうとしてきた。だが、彼はそれを制する。
「なぁ、フィア」
「ん? なあに?」
「お前、同級生を脅しているだろ」
「友達だよ?」
「ああいうの友達とは言わない」
善大王はフィアをソファーに誘う。彼が座ると同時に、膝枕をしてもらおとするが、善大王はそれを手の甲で払った。
「俺の考えが間違いだった。お前に学園は、まだ早かったらしい」
「じゃあ、もういかなくていいの?」
彼女は目を輝かせる。善大王は対照的に呆れ、頭を抱えた。
「(この馬鹿娘、まったく反省していないな……さて、どうしたものか)」
現状のフィアは、とてもではないが外界に出せるような存在ではない。
ティアやアルマを通じ、友情に近いものこそ感じたが、どうにも広く浅くという考えを持てていないことに気付かされた。
「なぁフィア。どうして友達を作ろうとしなかったんだ?」
「したよ」
「嘘つけ」
「……だって、言ったらライトが心配するし」
そこで彼はフィアの考えを読み取った。
「こういうことがあったらなら俺に言えよ」
「心配させたくなかったから」
善大王はフィアの目の前に行き、顔を合わせ。
「能力を使って叩きのめすような真似をするなって。俺にも《皇の力》を使うなって言っているんだから」
「私を心配してくれるんじゃないの?」
「巫女としての力を使うのは理不尽だからな。俺に相談すれば、もっと穏便に解決できていた。さらに言えば、もう少しフィアは他人に気を遣うべきだったな」
少女に優しい彼も、フィアに関しては一夜の恋人に抱くそれとは異なった、真面目で厳格な態度を取っている。
つまりは、処世術を身に付けてほしかったのだ。結果としてそれが満たされなかった為、ほんの少しとはいえ怒っている。
「……ごめんなさい」
「時間はある。それまでにどうにかできればいい」
席に戻ろうとした善大王を見て、フィアは小さな声で呟いた。
「ねぇ、私が天の巫女であることを明かしていれば解決したかな?」
「それに関しては、しなくて正解だった」
筆を握り、仕事に戻った善大王を見ながらも、フィアは一人考える。
「(ライトの傍にはいたいけど、こんな風に悲しませるなら、もう少し我慢したほうがよかったのかな)」
フィアはここにきて初めて反省し、申し訳なさそうにソファーで横になった。




