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「フィアちゃん、術のやり方を教えてくれないかな?」
ツインテールの女子生徒に声をかけられたフィアは、戸惑いながらもそれを快諾した。
「なにが分からないの?」
「えっと……術を安定させる方法が」
フィアは彼女に術の使用を促した。幸い、実技時間中は練習用の場所も用意されており、勝手な使用は別段問題とされることではなかった。
緩慢な《魔導式》の展開を認めながらも、その生徒の術発動を最後まで見届けた。
「……なるほどね。あなたは《魔導式》の展開から見直すべきね。最終形こそ同じだけど、刻み込む際の導力分配が滅茶苦茶。結果として、発現する現象もちぐはぐになっているみたい」
「えっと、どういうこと?」
それで理解できないのか、とフィアは当惑した。
彼女の言い方を簡単にするのであれば、《魔導式》は一定の導力を継続的に放出し続け、刻まなければならないということ。
一文字一文字がバラバラの導力で組まれているからこそ、軟弱な光弾が精製され、その弾が耐えられないような出力で発射されてしまっているのだ。
《魔導式》の文字はそれぞれ、生成や事象などを指定しているのだが、それは初等部の範囲ではない。
この問題の解決方法は《魔導式》の展開を集中的に訓練する前に、そもそも導力の制御を学ぶことだった。
ただ、それはフィアの頭にはハナからない。なぜならば、彼女は呼吸するように導を制御できるからだ。
不器用ながらも、フィアは真面目に取り組もうとしていた。善大王から友達を作れ、と言われていたことも影響していたのだろう。
「じゃあ、もう一回展開してみて」
「うん」
展開開始直後、フィアはだめ出しする。
「三文字目の時点で出力が変化した。最初からやり直して」
「えっ……うん」
すぐに《魔導式》を破棄し、新たなものを展開する。
「二文字目で狂った。もう一回」
「えっ? わたしなにも変えてないけど」
「ならちゃんと集中して。導力を確認しながらやって」
フィアの誤差指摘法自体は簡単に矯正できる方法だった。ただ、最大の問題は、フィアが完璧主義者だったこと。
「六文字目と九文字目が強すぎる。やりなおし!」
「もう無理、力が出せないよ」
「それじゃずっと直らないわ」
かれこれ三十回程は指摘されたことが原因し、女子生徒は怒り出した。
「フィアちゃん細かいんだもん! これじゃ体力がいくらあっても足りないよ!」
「細かくない。これくらい誰でもできる簡単なことよ」
「わたしはできないもん!」
「頑張りが足りないからよ!」
「もう知らない! フィアちゃんには聞かないから」
そう言って、女子生徒はその場から離れていった。
「(これだから子供は)」
自分もその子供だということを認知していないかの如く、フィアは椅子に座り込んだ。
「ねぇフィアちゃん、僕と勝負しようよ」
今度来たのは男子生徒だった。少し遠くで彼を見つめている長髪の女子生徒が見えるが、フィアは気づいていない。
「いいけど。私に勝てると思う?」
「勝つよ、絶対」
少年の意図が全く読めず、フィアは二言返事で了承した。
勝負といっても正面対決ではない。実技で優れた成績を叩き出した方が勝ちという、簡単なルールだ。
ただ、この男子はフィアの実力を知っている。実力で言っても、彼が勝てる要素は僅かにもない。
しかし、彼は遠くで眺めている女子生徒に想いを示す為、こんな無茶をしていた。もちろん、フィアはそれに気づいていない。
件の男子生徒が指定された立ち位置で構え、術を放つ。
年齢の割には優秀らしく、術の軌道も威力もそれなりになっていた。
「(へぇ、様になっているわね)」
自信満々な男子生徒の顔をみた後、フィアは燃え上がることもなく静かに彼と場所を交換する。
「ではフィアさん、どうぞ」
フィアは意識を一度整え、《魔導式》を展開する。
瞬時に刻み込まれた《魔導式》を確認することもなく、彼女は地面を蹴った。
規模を落とし、詠唱を破棄してもなお、彼女の術は鋭かった。そもそも、詠唱は彼女が好むところではないのだ。
橙色の光弾が的を打ち抜き、瞬間的に蒸発させる。かなり威力をセーブしただけに、壁に衝突する前に消えた。
誰もが詠唱を行わなかったことに驚いていた。
学園では基本的に、詠唱を行って術を発動すると説明されている。
詠唱を行わない方法は中等部の後半でうっすら語られる程度。高等部でようやく戦術のひとつとして教えられるのだ。
「あんなことできるのかよ」
「本当に魔法みたい」
「すげー」
多種多様な言葉が飛び交いながらも、フィアは先ほどの男子生徒に声を掛けにいこうとした。
ただ、彼は長髪の女子生徒に泣きついていた。
そんな状況で話しかけられるフィアではないが、それであってなにがあったのかが気になり、心を覗き始めた。
「(勝って告白しようとしたのに、これじゃ格好がつかないよ。くそお、あんなの卑怯じゃないか)」
フィアは暗い影を落とし、なにも言わずに椅子に座り込んだ。




