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「ただいまー」
「お帰り。どう、楽しかったか?」
善大王は書類に目を通しながらも、フィアに視線を送る。今は夕刻なので、仕事はまだ片付いていない。
「最悪ね。退屈だし」
フィアは制服姿のまま、執務室のソファーにちょこんと座り込むと、善大王の顔を検める。
怒っていなかった。ただ、呆れてはいた。
「お前の噂は俺の耳にも届いているぞ。なんでも、明らかにヤバイ生徒がいるってさ」
「どういう意味?」
「お前も少しは手加減しろよな。子供の社交場でするようなことじゃない」
「うーん……だって」
「だってじゃない──まぁいい、友達はできたか?」
「話はしたよ」
「とりあえずは、それでいいか。ただ、今は物珍しさで人が集まっているだけだからな。ちゃんと変わらずにいてくれる友達は作っておけ」
父親のような──ビフレスト王は確実に言わなさそうだが──言い方に不満なのか、フィアは頬を膨らませ、善大王に抱きついた。
「ライトがいればいいもん!」
「そんなんじゃ困るぞ」
「じゃあ、私が誰かに取られてもいいと思うの? こう見えても、告白されたんだから」
興味がなかったとはいえ、フィアとしては善大王に妬いてほしかったこともあり、覚えてはいた。
「年相応に好かれるんだな。関心関心」
「むぅ……悔しがってくれないの?」
「フィアがその子を好きっていうならな」
思った通りの反応がなく、フィアは不貞腐れそうになった。だが……。
善大王は急に席を立つと、屈みこんでフィアの腰に手を回す。そのまま顔寄せ、唇を近づけた。
「たーだし、フィアの瞳には常に俺を映しておくがな」
「ライトのばかっ」
満更でもないらしく、フィアは頬を赤く染めた。
ただ、善大王も学んだらしく、フィアになにもせずにもとの姿勢に戻す。
「ま、とりあえず友達は作っておけ。そうじゃないと、俺が余計な心配をすることになる」
「ライトがそういうなら……少しは頑張ってみようかな」
決意したフィアが善大王の傍に寄ろうとした時、扉がノックされた。
「シナヴァリアか?」
「はい」
そう言ってシナヴァリアが入ってきた。表情が真面目なだけに──基本いつも同じ顔だが──フィアは緊張感を持ってソファーに座った。
「……善大王様」
「分かった。みなまで言うな」
そう答え、善大王はフィアに視線を送る。「ちょっと出ていてくれ」
「お仕事の話?」
「ああ」
そこまで言われて居座れるほど根性があるフィアでもなく、すぐに部屋を後にした。
「善大王様、学園生活の適正を計らせましたが──」
「まったくナシだろ? あいつと話していれば大体分かる」
シナヴァリアは暗部を使い、フィアの監視を行っていた。当然、その者は誰一人にも気づかれずに任務をこなした。
結果は、フィアは学園に行くような人間ではないということだった。
「無理に行かせる必要はないのでは」
善大王は筆を放り投げると、椅子に深々と座り込んだ。
「分かっている。分かっているさ。ただな、あいつは何かしらの機会をやらないと動き出せない人間だと思うんだよ。だから、だからこそだ」
立ち上がると、本棚に手を伸ばし、一冊の本を取り出した。
「それと、先代善大王からのメッセージだな。内容は良く分からないが、子供を保護した際には学校にでも通わせてみろ、ってな。保護ではないが、似た状況ではあるので実践したというのも理由のひとつか」
偽りなく、善大王は先代善大王の意図を理解していなかった。
しかし、シナヴァリアは思い当たる節があるかのように目線を逸らし、「分かりました。監視は続けさせます」とだけ告げ、部屋を後にした。




