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「つ……強すぎる」
「そろそろ諦めたらどうだ? 罪を認めるというならば、俺も深くは追求しない」
この男を許す気なんて毛頭ない。だが、それでも俺は甘かった。
「ハッ、何を言うのやら。私は間違ったことをしていない!」
「ああ、そうか。なら終わらせてやるよ」
光ノ二十番・光弾を同時に発動し、数発を直撃させた。殺しまではしないにしても、数カ月は病院生活にするくらいは厭わない。
攻防自体はまさに一瞬。もうクラークが戦闘を続行するのは不可能だ。
「つったく、こっちが恩赦を掛けてやろうっていうのに……」
倒れているクラークを捨て置き、俺は寝かされているスカーレちゃんの傍に寄った。容体は良くない、早く病院に連れ戻すべきだ。
「油断……したな《闇ノ百一番・針地獄》」
《魔導式》が展開された形跡はない。だとすれば、追っ手が来る前提で事前に用意していたか。
地面から藍色の針が無数に伸び、俺に向ってきた。ただ、こうした場面になっても回避自体は難しくない。何せ、俺は大抵の術の対処を心得ているからな。
余裕だと思っていたが、針の数本がスカーレちゃんの方にまで伸びてきた。まさか、スカーレちゃんを道ずれにする気か。
走り出し、台座の上のスカーレちゃんを掴むと、遠くへと投げ飛ばした。
駄目だ、俺が逃げ切れない。
太い針が足に突き刺さり、途轍もない激痛が襲いかかる。
おそらくは闇属性が持つ精神侵食による、痛覚拡張か。肉体活性化を得意とする光属性では痛覚遮断を行うことはできない――相性が悪いな。
流れ出していく血を見てすぐに、傷口へと光の導力を送り込み、傷の治癒を開始した。その場しのぎだが、しないよりはマシだ。
「エルフを守って傷を負ったか! やはり、善大王は甘い――夢幻王様とは違う!」
「夢幻……王っ」
咄嗟に振り返ると、円形に整列された《魔導式》が目に入る。あれは……。
「奪い去れ……《大夢幻刃》」
クラークの前方には目視百本以上の藍色に輝く刃が精製されていた。それらは 隙間なく部屋を埋め尽くしている。放たれれば串刺しになることは火を見るよりも明らか。
俺だけならば防ぎきることはできるかもしれない。だが、後ろのスカーレちゃんを守るとなれば、犠牲を含めなければならなくなる。
俺が死ねばスカーレちゃんも助からない……クソ、しくじったか。
「あなたは、わたしを助けてくれたの?」
気付くと、スカーレちゃんは俺の傍に来ていた。
「──の、つもりだったんだが、どうにも届かなかったらしい。悪いね」
「……人間なんて嫌いだったけど、あなただけは信じられそう」
「死ね! 善大王」
無数の刃が同時に動きだし、俺はスカーレちゃんに背を向け、右手に導力を収束させた。
可能性はまだある。少なくとも、スカーレちゃんだけは絶対に守り抜く。
「あなたは、生きて」
その言葉の後、後ろで誰かが倒れる音が聞こえた。
瞬間、体に力が満ちあふれてきた。それだけではない、頭の中に知り得ないような知識が流れ込み、導力の色が変わる。
右手に纏っていた黄色の光は白き閃光に変わり、解決策が頭に浮かびあがってきた。
手を翳し、導力を解放した途端、前方に存在していた無数の刃が砂の城を壊すように消滅していく。
「なっ――私の《秘術》が……ッ」
この力、相手の術すら打ち消す力。これこそが、エルフの技法、というのか。
「クラーク、お前の負けだ。夢幻王について、聞かせてもらおうか」
一歩、また一歩と迫っていくとクラークは目を泳がせ始めた。それは狂気、恐怖に怯えるような様子に見える。
「む、夢幻王様への忠義は揺るがない! 夢幻王様、万歳ッ!」
袖からナイフを取りだしたクラークは自分の首を掻っ切り、絶命した。
「……馬鹿野郎が」
俺は振り返り、スカーレちゃんを連れ帰ろうとした。しかし……。
「スカーレ、ちゃん?」
もう、分かってしまった。触れるまでもなく、知覚できた。
スカーレちゃんは死んでいる。気付けなかったが、俺にエルフの技法を授け、力尽きてしまったのだ。
俺は誰も、誰も救えなかったのか。
二つの亡骸を前にし、俺は涙を見せることもなく、大きく深呼吸した。