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『何も変わってない……』
フィアはかつて寝泊まりをしたヴェルギンの家を見つめ、そう呟いた。
ただ、二名はそう思っていないらしく、意外と普通な住居に少なからず驚きを覚えていた。
「火の国の切り札かと思いましたが、そうでもなさそうですね」
「……自身の利益の為に力を使うのは、看過できんのぉ」
「よく言いますね」
詳しい話は中に入ってから、とばかりにほどほどな会話だけを済ませ、三人は家に入った。
フィアは駆け込むように中へと入り、一つだけ変化が起きていることに気付いた。
『椅子が一つしか置かれてない……』
当たり前のことだが、この時代の《火の星》は彼の弟子ではなかったようだ。
それどころか、誰も弟子を取っていないことが椅子だけで分かる。
「しばし待っておれ」
ヴェルギンは寝室に入ると、二つの丸椅子を持ってきて、自分の席の対面に二つ置いた。
御用されたも同然の二人は勧められるまま、それに座りこむ。
「それで、どんな説法を聞かせてくれるんですか?」
「《選ばれし三柱》がどのような存在か、お前は理解しているな?」
「人智を越えた力を持つ者。王家の力さえ上回り、この世界では手の付けられない存在」
まさにその通りなのだが、老人は眉を顰めた。
「その通り、じゃ。しかし、質問の意図を理解していないようだ」
「はい?」
「そのような人智を越えた力を持つ者が、自分の欲望に任せて力を使えばどうなるのか、ということを聞いておる。それを考えた上で、どう在るべき存在なのかを聞いておるんじゃ!」
思った以上に激昂するヴェルギンを見て、ウルスとフィアはびくんと体を震わせた。
『こ、この時代はまだ若いのかな……? こんなに怒ってるのは見たことないけど』
彼女が見ていた時間など僅かなものだが、実際に彼がここまで酷く激昂する様はしばらく見られなかった。
ただ、冷静に考えれば当然だ。
ガムラオルスとミネアの喧嘩、スケープの内通行為などは国家として問題になることだ。
しかし、《天の太陽》ともなると話は別。彼は世界の秩序を容易に破壊する者なのだ。
「……そうですね。《選ばれし三柱》はその力を使い、世界の平和を守る為に動くべき……といったところでしょうか」
「分かっておるようで安心した」
「ですが、それは綺麗事ですよ。この力は他でもない、私のものだ。それをどう使おうが、私の勝手でしょう?」
「……」
褐色肌の老人が今にも怒り出そうとしていることは、誰にでも分かった。
しかし、天の太陽だけは平然としている。
そんな涼しげな彼を見たからか、ヴェルギンは呆れたようにため息をついた。
「何故、お前はそう思う」
「当然のことですよ。自分の力を使ってならないなんて道理があるはずがない。人が四肢を使い、自分の好きなように生きていくのと同じように、これは私の一部なんですよ」
「それが世の秩序を破壊すると理解してもなお、同じことを言うつもりか?」
「ええ、それで壊れる秩序など壊れてしまえばいい。それに、今までこうして世界は存続されてきた――それが答えですよ」
「ほう」
「この力を不用意に使えば、敵を作る。それを捻ることは容易でも、厄介事は増えるわけだ。だからこそ、歴代もほどほどに力を使ってきた……だろう、とは予測しましたよ。だからこそ、私もほどほどに留めておきますよ」
彼は他の《選ばれし三柱》と違い、比較的理性的な性質を持っていた。
アカリ、ガムラオルス、スケープ、エルズといった新世代組は《選ばれし三柱》の力を能動的に利用している。
それと比較すれば、彼がどれだけ融和的な路線を歩もうとしているかが分かるだろう。
ただし、それが誉められるのは六属性の者達だけ。《天》がそれを行うことを、ヴェルギンは許さない。