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「大丈夫かい?」
声をかけられ、少年は起き上がった。
「だれ」
「通りすがりの旅行者だよ。砂漠で君が倒れていたものだから、助けた」
そこで、ようやく少年は自分がベッドに乗せられていることに気付く。
「おれ、金はない」
「子供から取る気はないよ。ただの人助けさ」
『人助け、ね』
フィアは腕を組み、壁に寄りかかってそう呟いた。
彼女には分かっていたのだ。この男が《天の太陽》であり、通常手段では回復不可能の子供を能力で治したのだと。
回復は水属性の得意分野だが、空腹などを癒やすことまではできない。
ただ、彼の肉体は栄養を損なっており、それを急激に回復させることは不可能だった。
だからこそ、彼はウルスに流れる時間を逆行させ、ある程度生きていられる状態に戻してしまったのだ。
彼は人助けと言ったが、天に属する《選ばれし三柱》がこれを行う場合、その他の者が行うものとは比べものにならないほど秩序を乱す。
他の《選ばれし三柱》であれば、せいぜい途轍もない力がある、という程度だ。
ただ、天の《選ばれし三柱》は世界に対して影響を及ぼす。フィアがそうであるように、世の理に反するのだ。
ただ一人の命を再生させるだけで、運命は大きく揺らぎ、結果的に生者、死者の数が変動する。
フィアは世界の管理者として、難色を示すが、すぐに目を瞑った。比喩などではなく、実際に。
『って言っても、私も人のこと言えないね』
子供一人を救った彼に対し、フィアは世界の機構である《皇》の仕組みを改竄しようとしているのだ。
重さでいえば、彼女の方が遙かに重い。
「それはそうと、君はどこの子供かな? 親御さんも心配しているだろうし、連れて行くよ」
「おれは捨てられたんだ」
「……そうなんだ――なら、私が君を引き取りましょう」
少年は目を丸くした。
「火の国がこういう国であることは聞いていました。その上で、君が捨てられたことも、そこで死ぬべきことも分かっていました――ですが、私はそれを良しとできなかった」
「……?」
「救った命は最後まで面倒を見る、といっているのですよ」
子供は酷く警戒し「どうせおれを捨てる気だ」と言った。
「そうですね、ではしばらく一緒に過ごしてみましょう。私は分からず屋と喧嘩別れしてしまいましてね。時間を潰したいんですよ」
後半部分はよく分からないものの、彼の言いたいことは理解できたらしく、子供は警戒したまま睨み付けた。
「君も町で引き取り手を探してみる、というのも良いと思いますよ。お金は預けますから、自分で選んでください」
そう言うと、彼は小銭の入った袋を少年に手渡し、部屋から出て行った。
少年はしばらくじっとしていたが、すぐに袋を漁り、中身を確認した。
量は多くも少なくもなく、これを持ち去って逃げたところで、長続きしないという額だった。
「めし……」
空腹感を感じた少年は外に出た。
そして、その瞬間に驚愕し、感動した。
そこは彼が今までいたような村ではなく、しっかりとした建造物の多い、栄えた場所だった。
町中をしばらく歩くと、マーケットを発見する。
袋の金は十二分にあり、彼は満腹になるまで食事を取り、その後で再び残金を確認した。
長続きしない額ではあるが、一日を満足に過ごすには多すぎる額でもある。
少年は目先の幸運に浸り、普段はしないような贅沢を行っていく。
それでもなお、金は減りきらなかった。
干し肉などではない、焼きたての骨付き肉をかじりながら、地面に座りこんだ。
「ここ……フレイアか?」
人混みは並大抵ではなく、褐色肌の人間の他に、他国から来たであろう肌の者達も目に入る。
「生きていくなら、金が……」
彼は自分の身の丈に余る金を手に入れたことで、欲望を手に入れた。
欲望の種は膨らみ、子供であっても無尽蔵に大きくなる。
袋をポケットに突っ込むと、彼は人混みに紛れた。
盗みは、過去にも行ったことがあったらしく、目を付ける速度は早かった。
他国の旅行客と思われる者から金を盗み取ると、彼は人混みを逆走して逃げ出す。
盗まれた者は振り返りこそしたが、すぐに盗まれたと気付かず、少ししてからあの少年に奪われたのだと自覚した。
しかし、理解したときには遅く、逆走でありながらも少年は男を引き離した。