炎の焼け跡
彼女はしばらくして、再び七色の世界に戻った。
あれからほどなく、善大王は痕跡一つ残らず、《善大王》となった。
ただ、それが自分の認識する彼の姿と違うことが分かった時点で、彼女は離脱したのだ。
「今から三年前の時点で善大王になる……なら、四年より前でライトの痕跡を見つけないと」
とはいえ、フィアは酷く疲弊していた。
当たり前だ。彼女は今、紛れもなく約三十年ほどの時間を過ごしてきたのだ。
ただ、そこまで長い時間をかけても尚、得られたのは彼が光の国の外から現れ、冒険者だったということだけ。
名前に繋がる直接の要素こそなかったが、これらの得られた情報は、彼女が失っていたものだった。
「……じゃあ、冒険者時代の――でも、ライトの冒険者時代の知り合いなんて……」
頭の中に浮かんできたのは、ウルスだった。
「(そういえば、あの人ライトのことを知ってそうな反応だったような)」
フィアは他人に興味がないが、盗賊ギルドの一件では善大王が様子見をしていた為、しばらく彼と会う機会があった。
だからこそ、どうにか覚えていた。ただ、かなり淡いものである。
「ウルスの記憶を見せて」
返答はなかったが、彼女の意識は再び他人の世界に落ちた。
ウルスは特に代わり映えのしない、火の国の家庭に生まれた。
あの国である為か、決して幸せとは言えない家庭だったが、少なくとも普通の家庭ではあった。
しかし、ある時に彼は捨てられた。
フィアは既にシナヴァリアの世界を経過したからか、今回は慣れた様子で、干渉もせずに様子を見ていた。
この子供は自分が手を下さずとも、助かるであろうことを理解していたのだ。
そしてなにより、シナヴァリアの時と違い、面識が乏しい為にドライだった。
『火の国ってこんなところなのね』
フィアが抱いた感想はといえば、それくらいだった。
ただ、捨てられた子は悲惨だった。
食料はもちろん、水もない。まさに命懸けの状態だというのに、彼はまだ幼かった。
一日、二日と経ち、彼は限界に近づき始めていた。
ただ、彼は両親を恨むでもなく、ただ死の実感を感じるだけ。
深い絶望が思考を覆い、肉体が終わろうとすればそれをただ感じるのが精一杯だった。
じっくり、じっくり彼は終わっていく。
まだ人生が始まって数年だというのに、彼は二束三文の命を消そうとした。
だが、その時になってようやく、彼は恐怖を覚え始めた。
恐怖とは、命が消えゆく段階が最も高くなる。その閾値を越えると、今度は安楽さが襲うのだ。
「だれか……たすけ」
彼が助けを呼び出したのを見て、他人事に見ていたフィアは少しばかり心を動かした。
自分の関わり得ない命であれば、それこそ虫けらのようにしかみない彼女が、少年に共感を覚えたのだ。
『私は、ライトに助けられたのよね』
絶望感も、身を引き締められるような得体の知れない恐怖も、彼女は経験していた。
ただ、こんな砂漠で彼のような存在が現れるはずがない。
フィアはそれを理解しながらも、少年を見つめた。
すると、ゆらゆらと動く人影が見えた。
ただ、少年はそれに気付いていないようで、諦めたように安楽な死の世界に落ちようとする。
『頑張って、あと少し!』
彼女は応援した。聞こえもしない声で、ただ無意味に行った。
実体化を行い、頬を軽く叩くくらいはできるが、彼女はそれを行わなかった。
助かると分かりきっているのだ。その上で、彼女は応援したのだ。
少年の意識が沈んだ。
少しして、見覚えのある格好の男が現れる。
「君、大丈夫かい?」
魔導二課の制服を着た優男は屈み込むと、少年の体に触れた。
「……不幸なこともある」
男は少年の抱え上げると、そのまま歩みを進める。




