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シナヴァリアはミルクだけを入れ、善大王はミルクと砂糖を入れた。
二人は口を付けた後、話を再開する。
「道理で、とは」
「いやな、よく図書室でお前を見たんでな。だから町中で何かやっている時にも気付いた」
「お前は図書室で何をしていた」
彼が図書室に赴くのは、主に夜だった。もちろん、誰も来ないような時間だ。
「俺もこっちに来てまだ日が浅い。多少は知識を身につけておこうと思ってな……その方が、女の子との話題も増える」
邪な理由だ、と彼は思った。
「勤勉な奴がいるもんだな、とは思った。ただ、そいつが後輩とイイコトしているわけだし、なかなかどうして珍しいと思ったわけだ」
「……なら、前者の方が正しい」
「自分で言うか?」
「私は人を治める為の術を学ぶべく、この国に来た。教官の仕事は、それをする為の対価にすぎない」
「ほぉ、名誉職だろうに見上げたものだな。まぁ、嘘じゃないんだろうな」
善大王はそう言うと、コーヒーを飲み干した。
「で、お前はどこの間諜だ?」
意趣返しの言葉に、シナヴァリアは不快感を示した。
「私が間諜だと?」
「違うのか? お前の無欲さは、別の場所に大きな欲望があるからこそ、だろ?」
軽薄な男に自分を見透かされている気分になり、彼は非常に不愉快になった。
「お前に何が分かる」
「いや、ただの推測だ。誰も無欲になんてなれるはずがない。仮になれても、あんなに頑張ることはできない。ってことは、こっちで努力して手に入れたものを、持ち帰る別の場所があるってことだ」
そこでようやく、シナヴァリアは彼の第一声を思い出した。
「(どこから来た、か。なるほど、そういう意味だったか)」
善大王の言い分はここに繋がるものだった。
「……それが接触してきた本当の理由か」
「俺はそんなに嘘は言わないぞ。お前が同類であることも、勤勉であることも、妙な人間であることも全て用件だ」
「言っておくが、私は間者などではない」
「……ああ、そうだな」
あっさりした態度に、彼は拍子抜けした。
「あの時、お前は風の大山脈について講釈を垂れてくれただろ? あんな事情を知っているってことは、本当にそこに住んでいたってことだ。今の反応を見て分かるが、俺に警戒してる様子もなかったし、素で答えたとみて間違いない……だろ?」
何も考えていないように見えて、しっかり読みの素材を集めていたのだと気付き、シナヴァリアは感心した。
「お前に答える義務があるか?」
「義務はないが、義理はあるだろ?」
シナヴァリアはそれを聞くと、コーヒーを飲み終え、席を立った。
「代金は私が払っておく」
「ありがとさん」
去って行くシナヴァリアを軽く見やり、善大王はすぐに目の前のカップに視線を戻した。
『ライト……あなたの本当の名前は? 覚えているでしょ? 教えて』
フィアは駄目で元々、そういうことを口にしてみた。
もちろん、彼は返事をすることはなく、窓の外を眺めた。
「……あの子にするか」
フィアは彼が答えてくれないことに悲しくなり、視線を逸らした。
しかし、フィアはどうにも彼が子供に目を付けていることは気にしていないようだ。
当たり前すぎて、気にしていないのだろうが、なかなかに奇妙な光景ではある。