24q
光の国に戻り、シナヴァリアは暗部としての活動を続ける傍ら、施設で助けた少女――アカリの世話係を任されることになっていた。
『あっ、あの時の船の人だ』
さすがのフィアも、船の上でしばらく生活していたこともあり、彼女のことを覚えていた。
しかし、思い出したのは名前を聞いてから。幼い頃の顔を想像するほどに興味はなかったようだ。
シナヴァリアは多くの人間を殺し、任務を遂行し、地位を上げていった
そして、仕事のない日も、ある日でさえ、城の図書室に赴いては学問に励んだ。
彼の姿は、どこか狂気を帯びていた。
狂ったように働き、学び――何かに取り憑かれたように、自身の幸福追求を捨てているように活動を続けている。
ただ、彼にとってはこれもまた幸福だった。何かを獲得する快楽は、他の人間とはおおよそ共有しがたいほど強かった。
同じ人間であっても、こうしたタイプの違う者は多い。
ただ、それにしても完全に違うわけではない。ただ、幸せの在り方が違うだけなのだ。
たったそれだけで、まるで非人間的な印象を抱かせる。
隊長、暗部のトップ、騎士団の教官と地位を上げていくシナヴァリアは、ある時に妙な男と出会った。
「根暗な奴だ。挨拶くらいしないのか?」
軍人向けの食堂の中、シナヴァリアは突然そんなことを言われた。
「……」
「無視かよ」
彼は黙々と、まるで暖炉に薪をくべるように食事を口に運んだ。
彼にとっての食事は、ただの燃料補給だった。いちいち楽しむものでもなければ、誰かの談笑しながら行うものでもない。
「教官サン、あんたはどこから来たんだ?」
「教官と知っているならば、話しかけるな」
「連れないな。その髪からして、風の一族だろ? ……俺はどうにも、その地方には行ったことがないんだ。可愛い子はいるのか?」
ここに来て、彼はようやく違和感を覚えた。
光の国は敬虔な信徒が多く、教会の影響もあって良い人間が育ちやすいのだ。
ただ、この軽薄な男はその印象を感じさせなかった。
「お前に話す義務があるのか?」
「ああ、義務ならある。可愛い子がいるなら、俺に言うのは義務だ! ……ってな」
「あの山に入ることはできない。それに、お前も騎士団の一員なら、勝手に外に出ることは許されない」
勝手に、とは言うが、一応許可を取れば山に戻ることはできる。
彼でさえ、年に一度は故郷に戻り、ティアの相手をしていたのだ。
「なら、許可を取るまでだな。故郷の家族が危篤で、ってな具合にな」
「……嘘偽りを言うか」
「嘘も方便だ。そうやってリフレッシュした方が、きっちり働ける。くたくたの手駒より、優秀な手駒の方がいいだろ?」
「少なくとも、私に話したからには通らないな。騎士団の休暇申請は、私の段階でも止められる」
「ハッ、生憎俺は聖堂騎士でね。教官サンじゃあ俺は縛れないな」
聖堂騎士と聞き、シナヴァリアは表情を変えた。
彼はアカリを救出する任務の最中に、聖堂騎士の実力を見ている。
もちろん、シナヴァリアであれば対応できる範疇の相手ではあるが、楽に倒せる相手ではないと感じさせた。
ただ、今は善大王麾下である騎士が、このような態度で、このような場所に来ていることに驚いていた。
「聖堂騎士がこんなところに来るとは珍しい」
「ああ、金なら腐るほどある。だから、ここで無料の飯に集る必要はないわけだ」
その無料の飯に集っている者達は一斉に彼を見た。
「おーこわ。ってもまぁ、ここの飯は悪くない」
彼はそう言うと食事に手を付け始めた。
「聖堂騎士ならもっと行儀を良くするべきだ。善大王様の顔に泥を塗ることになるぞ」
「その程度で名が落ちるものか。なにせ、ここに居るのは身内だ、自分らのボスを貶めて首を絞める阿呆はいないだろ?」と、食べながらに言う。
屁理屈のような言い分だが、シナヴァリアは関心していた。
「(素行を正さない理由にはならないが、この男は適切に場を観察しているようだ)」
つまり、ふざけていい場所だからこそふざけている、ということ。
何も分からずに冗談を言っているわけではなく、安全であると確認した場面でやっているのだ。
「飯を食い終わった後は空いてるか?」
「仕事がある」
「あーなら、仕事しながらでもいい。どこかに飲みにいかないか?」
そう言う彼はもう食事を終え、二枚目の顔で笑みを向けてきた。
「名前も知らない男に付き合う時間はないと言っている」
「……俺か? 俺は聖堂騎士の善大王」