23q
彼が暗部に入り、しばらくは諜報任務などが続いた。
しかし、ほどなくして暗殺の任務が命じられた――が、彼は迷いなく、誰よりも鮮やかに対象を殺した。
風の一族としての――そして、風の巫女と渡り合うだけの体技を身につけた彼は、誰よりも強かった。
そして、彼の名が暗部の中で上がりだした頃、特殊な任務が与えられた。
「火の国に向かう」
「ノーブル様、それはどういうことですか」
「善大王様が公式に、あちらの国に向かわれることになった」
「祭事、ですか」
「そういうことになっているが、実際は救助、殲滅の任務だ。
あちらの国に、人攫いを行う組織があると判明した。その者らの施設に乗り込み、救助を行う。無論、暗部からはお前を選出した」
「暗部だけで動くのでは?」
「まさか、主となるのは聖堂騎士だ。なにせ、今回は善大王様が直々に向かわれるというのだ――お前には、その護衛を任せたい」
「救助と、殲滅と、護衛……ですか」
「シナヴァリア、お前であれば容易いことだろう」
彼はしばらく考え「分かりました」とだけ答えた。
『聖堂騎士と善大王……ここはライトと関係なさそうだし、いいかな』
火の国で出会う、という可能性は多少存在していた。
しかし、彼女は全く関係がなさそうと思った瞬間、興味を失ってしまったのだ。
出発した部隊は光の国の軍艦に乗り込み、ガルドボルグ大陸に向かった。
フィアはぼけーっとした態度で彼らについていき、ほどほどに様子を見ていた。
無限の如くに感じる砂漠を歩き、施設を探すという非常に退屈な時間だった。
「ヘルドラゴだ! 早急に撃破するぞ」
砂漠で最も恐れられる存在との遭遇で部隊は揺れるも、すぐに戦闘態勢が取られた。
シナヴァリアは目立つ機会だというのに、防御の術で支援に徹していた。
それもこれも、善大王の様子を見る為だった。
ただ、彼が出張るまでもなく、聖堂騎士達は優秀だった。
あっという間に龍を撃破し、進行が再開した。
そうこうする間に施設を発見し、シナヴァリアは敵の構成員を殺していくと同時に、危険に首を突っ込んでいた善大王を守った。
しかし、助けられたのはたった一人だった。
赤髪の少女を連れ、部隊は帰って行く。
帰りの船の中、甲板に立っていた善大王は誰も居ないにも関わらず、呟いた。
「お疲れ様」
「……」
「一人で退屈なんだ、少しは付き合ってよ」
明らかに気付かれていたこともあり、シナヴァリアは影から出てきた。
「私でよければ」
「ああ、構わないよ」
二人は黙って海を見ていた。
先んじて話し出したのは、意外にもシナヴァリアだった。
「あの娘、本当に連れ帰るのですか?」
「そうだね」
「火の国に預ければ良かったものを」
「……フレイア王はそういうのは受けないよ。それに、火の国の環境を見れば分かるだろう? 預けたところで、彼女は身内もなく砂漠に放たれるだけさ」
優しい、と言われる善大王だが、判断能力が鈍りきっているわけではなかった。
「……では、あなたは違うと」
「できる限り、保護しようと思うよ」
「あなたには善大王としての仕事がある。子供の相手をする時間はないはずだ」
普通に聞いていた善大王だが、この言葉の途中で彼の声色が変わったこともあり、彼の顔を見た。
「……ノーブルは君の将来について、何か言ったのかな」
「……いえ?」
「はは、ノーブルもいい子を引き入れたわけだね」
シナヴァリアは困惑した。王が何を言っているのかを理解できなかったのだ。
「彼は君を、自分の後釜に据えようとしているんだよ。なにせ、本来譲るはずだった人は、この国を出て行ってしまったからね」
自分が宰相に、という事実は驚きをもたらした。
いくら外界の欲望の乏しい彼とはいえ、国家の中枢職という立場には関心を抱かざるを得ない。
「君の言葉……考えっていうのかな。まるでノーブルに叱られているみたいだった」
「過ぎたることを……申し訳ありません」
「いや、構わないよ……ただ、どうにも違和感があってね。君の言葉から、王のそれを感じた」
これは彼の資質というより、王が王たらんとする理想を確として持っている人間、という意味である。
思考こそは宰相だが、さらにその先を見る野心があると悟られたのだ。