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過去の自分の目を見て、フィアは納得した。
その空色の瞳には虹色の光が宿り、確かに自分の方を見ていたのだ。
『私は……未来のあなた』
「未来……」
途轍もないことを聞かされながらも、彼女は驚いていなかった。
『あれ、でも私……こんな場面を覚えてない』
「そうなの?」
フィアは咄嗟に口を両手で塞ぎ、首を横に振った。
そろそろ二十年になろうという時間を過ごし、彼女は頭ではなく、口で考えをまとめる様になっていたのだ。
「それで、未来から何の用事?」
『……えーっと、特に何もないかな。というより……神様がティアだった、って聞けただけでもう十分かな』
自分が妙だった、というのはただの体感である。
彼女が知りたかったのは、何故自分の記憶と合致しない場面があったのか、という部分だ。
ただ、それについても単純に自分が記憶していなかった、というだけの話と自己完結をしている。
なにせ、フィアは善大王と会うまで、ろくに人の名前や顔を覚えてこなかったのだ。
友から頼まれたとしても、これから数年間は自分と関わりのない出来事なだけに、すぐ忘れてしまってもおかしくないのだ。
「そうなんだ」
『そうなの』
「むしろ、私の方が気になるな。どうして、あなたはそんなに、私と違うの?」
皮肉なことに、相手もまた同じ違和感を覚えていたのだ。
『大切な人に、助けてもらったから』
「……」
『だから、昔の私、諦めないで』
全く覚えのないことを言いながら、彼女は自室を出た。
『(でも、シナヴァリアさんのことならともかく、こんなことも忘れるのかな)』
やってから、彼女はそれに気付いた。
歴史がおかしなことになるかもしれない、と思いながらも、彼女はすぐに切り替えてシナヴァリアを追った。
合流することは難しくなかった。彼の移動速度は凄まじいが、彼女は霊体としての生活に慣れだしていたのだ。
『あそこで私が出てくるのは、たぶん元々の歴史なんだよね……? もし、私が変なことしてたら、シナヴァリアさんは光の国に来なかったかも……』
新ためて、彼女は自分がひどい綱渡りを行っている、ということを自覚した。
彼に感情移入をするあまりに、シナヴァリアが天の国に仕官できない状況を打開しようとしてしまったのだ。
彼が光の国に来る、ということを覚えていながらも。
彼女は無限の如くある時間を思考に費やし、なるべく妙な行動をしないように、と心がけようと思い始めた。
そうこうしている内に光の国に辿りつき、フィアは懐かしさを覚えた。
十数年ぶりの光の国だ。
『うわぁあ、懐かしい。でも……まだ、この時代にはライトはいないんだよね』
少し寂しくなる一方、彼女はすぐにハッとなり、シナヴァリアの様子を注視した。
「シナヴァリアだ」
「……天の国から連絡は来ている」
門番は事務帳らしきもので確認すると、別の門番を呼び、案内を任せた。
「案内は私がしよう」
「頼む」
連れて行かれるシナヴァリアを見送る者も、今まさに案内している者も――そして、国民も彼をじっと見ていた。
当たり前だが、風の一族はそうそう見られるものではない。
不快になりそうな視線の数だが、シナヴァリアはそれどころではなかった。
「(……光の国がここまで凄いとは)」
彼はある程度の歴史は学んでいる。
だからこそ、この城下町が相当古いものであるとは理解していた。
しかし、古都でありながらも、無駄のない――それであって、美しい町並みに感動していた。
ビフレストやフォルティスの場合、時代を経る度に継ぎ接ぎ状になり、こうした調和の取れた美しさはなかったのだ。
良くも悪くも、美的感性が一般の人間とは離れていることがよく分かる一場面だった。