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「それを聞いたところで、引き下がるとでも」
「……懸命なら、山に帰る。諦めが悪いなら、今からでも下働きに戻るんだな」
「(ことを急いたか)」
さすがの彼も観念し、城を去ろうとした。
しかし、フィアはこれではいけないと、手を出そうとした。
「その人の願い、聞いてあげて」
「……フィア? 何故、こんなところに――それに、その格好はどうした」
シナヴァリアは突然聞こえてきた声に驚くと同時に、どこからその人物が現れたのだろうか、と疑問に思った。
「神様のお告げだから」
「……本当か?」
フィアが頷くのを、ビフレスト王は見た。
「仕方ない。フィアが言うというのであれば、その通りなんだろう」
あまりにあっけなく、王の意見が切り替えられたこともあり、シナヴァリアは驚愕した。
フィアも、驚いた。
『あれ、私ってこんなこと言ったっけ』
シナヴァリアの窮地を救ったのは、過去のフィアだった。
寝起きなのか、寝間着のまま謁見の間に現れたらしく、ビフレスト王はそれに驚いていたのだ。
しかし、フィアは過去の自分をみて、酷い違和感に襲われていた。
『(私って、こんな感じだったのかな?)』
今のフィアは生き生きとしており、少し前のフィアは死人のような目をしていた。
しかし、この時代のフィアは自棄気味であり、父が拒絶しようものなら癇癪を起こしそうな雰囲気を漂わせている。
『(それに、神様がそんなことを言うなんて思えないけど……)』
過去の自分のことすらろくに覚えていないフィアは困惑し、様子を見るどころではなくなっていた。
「フィア、服を着替えてきなさい」
「はい」
去って行くフィアをよそに、王は話を始めた。
「――ということだが、お前を天の国に加えるには一考の余地がある。なにせ、王を恐喝するような男だ……だからこそ、光の国で修行をしてきてもらおう」
「修行?」
「そうだ。ある程度使えるようになるまでは、あちらで学んでこい。無論、口利きはこちらがしよう――とはいえ、仕官できるかどうかは、お前自身の能力によるところが大きい」
つまりは、試験を受ける権利を与える、という話だ。
シナヴァリアが単純に使えない男であれば、それを掬い上げることはできない、と言っているのだ。
予期せぬ遠回りだが、下働きからのスタートよりはかなりの近道となった。
「ありがとうございました」
「あの国で滅多なことはするな。私はウィンダートから聞いていたからいいが、そうでなければ――」
「分かっています」
ビフレスト王は疑わしそうな顔を向けるが、諦めたように顔を逸らした。
「では、早く行け。馬車も用意するまでもないな?」
「もちろんです」
そう言うと、シナヴァリアは謁見の間を出た。
フィアは父とシナヴァリアの会話が終わると同時に走り、彼を追い抜く勢いで別の場所に向かった。
そこは、この時代の自室だった。
扉を少し開けて中に侵入すると、椅子に腰掛けた自分が目に入る。
『……声が出せれば、聞けるんだけど』
過去の自分と話すという、凄まじくリスクの大きなことを平然と実行する辺り、彼女は時間遡行者としての自覚がなかった。
「ティアちゃんに頼まれたから、パパに言ったの」
『えっ!?』
誰かと会話をしているのかと思い、部屋の中を見るが、当然誰もいない。
「あなたは誰?」