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王とは思えない態度に、シナヴァリアは眉を顰めた。
「あなたは、本当にビフレスト王か」
「紛れもなく、ビフレスト王だ……ハハ」
どこか自嘲気味な笑いに戸惑いながらも、彼は背後の扉を意識し始めた。
こうして時間稼ぎをして、兵が来るのを待っているのではないか、と彼は訝しみだしたのだ。
しかし、彼の手は自然と王の首から離れ、一手で殺せるという状況は崩された。
ただ、二人はその動きに驚いた。もちろん、別々の意図で。
「(今の場面、何故手を退かした)」
「(何かの術を使われたのか?)」
あまりに不可解な行動だが、それをしたのはフィアだった。
『それは駄目!』
父に幽閉されていたと思っていたフィアだが、無事に和解したこともあり、彼を守った
もちろん、肝心のビフレスト王はそれに気付いていない。
シナヴァリアは腕を振り切り、攻撃の構えを解いた。
「何のつもりだ」
「あなたこそ――全てが不可解だ。どうして、怯えない? どうして、ビフレスト王という地位に執着している」
まるで死を恐れないような態度を取りながらも、しっかりと王手を外しに来たことを、彼は言った
しかし、偶然にも後者の行動をした覚えがないビフレスト王に、この言葉は通じた。
「私が愚かな王だからだ」
「……」
「お前もまた、愚かな男だ。ここで何を学ぼうとも、王にはなり得ぬ男だ」
王、という単語を聞き、彼は眉を顰めた。
途端、扉が開け放たれ、数人の男達が押しかけた。
「王から離れろ!」
「この国の牢から脱走するなど、何を使った!」
シナヴァリアはゆっくりと振り返り、男達の顔を確認した。
中には、自分を城内に招き入れた五人の姿も見える。
「鍵をかけ忘れたのではないか?」シナヴァリアは言う。
「なにを言う! ここに……」
鍵を持っていた男は腰に吊り下げていた鍵を確認するが、手応えがないことに気付く。
「なっ……まさか」
「なんということをしたんだ!」
「違う! 俺は確かに鍵を――」
「お前達、下がれ」
声を遮り、ビフレスト王は言う。
「しかし」
「この男は私の来客だ。あのような牢に叩き込みおって」
それを聞き、兵達はもちろん、シナヴァリアも驚いた。
「下がれ」
「ハッ」
再び扉が閉められると、ビフレスト王は「さて、どこまで話したか」と余裕げに言った。
「どういうことですか」
「お前はウィンダートのせがれだろう」
「……父の名を、何故知っているのですか」
「奴とは古い仲だ。お前も、私が持ち込んだ本を読んだというではないか」
それを言われ、里にある本の中で妙に新しかった天の国の書物を思い出す。
「あの男から連絡があってな。お前が来るであろうことは聞いていた」
「私がここにどう来ると思っていたんですか?」
「どうだろう。お前が堅実であれば、貴族の下男にでもなって、いつか相応の身分を持ってここにくると思っていた」
「……」
「であれば、相応の地位を与え、学ぶ機会を与えていた。しかし、お前は強攻策を取った――王に相応しい者とは思えぬな」
「……であっても、悪手でしたよ。この部屋では一対一、あなたが私を殺しきるには、一手足りませんね」
「ここで採る、と言って後で始末することもできる。それに――もし、ここで戦ったとしても、相打ちには持ち込める」
王が、身分を持たないシナヴァリアにそう言った。
「……冗談ですか」
「この国の長たる私だ。いくら近接のよくできる若造であっても、それくらいはできる」
「王が言うことではありませんね」
「今ので理解できないか? だからこそ、お前は王に向いていないと言っているのだ」
理解できず、シナヴァリアは黙った。
「お前は地上において、ただの山猿だ。しかし、あの山のお前はそうではなかろう。一族の長になる男だ」
それを言われ、シナヴァリアはこれまでとは違う驚きを見せた。
「何もないからと自分を軽んじたな。生きて多くを手に入れていかなければ、王になることなど叶わぬというのに」
「……」
「統治者たる者、どれだけ多くの者が死のうとも、最後まで生き残らなければならない。その自覚がない者に、そうなる資格はない――大人しく、山に帰るといい」




