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盗賊の被害に遭うこともなく、彼は無事に天の国の首都、ビフレストに到着した。
ただ、ここに来て大きな問題と直面した。
「お前、どこの国の者だ」
「……」
天の国のガードは堅く、無国籍者のシナヴァリアを通そうとはしなかった。
ただ、これが当たり前である。ケースト大陸に住まう者であれば、大概が国籍を有しており、旅行者にしてもそれは同じだ。
無国籍を許すことがあるのは、それこそ光の国くらいのものだが、あちらは別件で他国の者に厳しい仕組みがある。
「風の大山脈から来た」
「……まさか」
冗談と一蹴しようとするが、彼の濃い緑色の髪は否定を許さなかった。
ただ、だからといって彼を通す通りにはならない。
「国籍を持たぬ者はこの国には入れない。何をしでかすか分からないからな」
「ならば、あなたに保証していただきたい」
「なに?」
そう言い、シナヴァリアは金貨二十枚を取り出した。
すると、番兵は驚き、周囲を見た。もちろん、城下町からこの地点は見えず、逆もまた然り。
金貨二十枚という額面は、瞬時に取り出すにしては過ぎたるものだ。
「この一度の入場に限ってもらっても構わない」
その条件ともなると、貴族でさえ呑みかねないものだった。
これが全財産ではない、というのもなかなかの驚きだが、何よりはここで数割の支払いにしたのが評価に値した。
ここで後先を考えずに、賄賂に全てを突っ込むことになれば、それこそ王との謁見で詰まりかねない。
「私がこれを受け取ると思うのか?」
「駄目か」
「お前のような放浪者がこんな金を稼げるはずのない。盗賊の関係者だろう」
「……まぁ、そんなところだ」
金の何割かがそうである為か、彼はそう言った。
すると、番兵は通信術式を開き、門の中から兵を呼び出そうとする。
『シナヴァリアさん……もしかして、捕まっちゃう!? 私がなんとかしなきゃ』
そうは思うフィアだが、彼女が手を出せる範疇でどうにかできる問題ではなかった。
いくら自分のホーム――二つの意味で――だとしても、彼女の及ぼせる影響は軽微なのだ。
「(……さて、どうするか)」
シナヴァリアが内心、思いの外焦っていない様子を見て、フィアは落ち着きを取り戻した。
彼は小さな扉を見た。おそらく、少人数の通過に使われるであろう部分だが、増援はそちらを通してくるだろう。
彼の能力であれば、無数の兵を躱し、突破することは十分可能だった。
「(その場合、ただ騒ぎが広がるだけか……)」
何か打つ手があるのか、と思いきや、彼は無抵抗のままに兵の増援が来るのを待った。
扉を開けて出てきたのは、三名の屈強な男と、二名の細身の男だった。
「(魔導一課と二課の混成か。思いの外、高く評価されたらしい)」
一課は他国で言う軍、二課は憲兵のようなものであり、術者と戦士型が綺麗に別れているわけではない。
ただ、人相の違いからおおよその構成は理解できた。
「風の一族って話じゃねえか、久々にいい勝負ができそうだ」
戦闘の構えを取った一同だったが、シナヴァリアだけは無防備なままだった。
「どうした、連れて行かないのか?」
そう言い、抵抗する意思がないと伝えた彼を見て、一課の隊員は高笑いを上げた。
「ハッ、風の一族は鳥のように舞う超人と聞いてたが――実際は骨なし臆病者かよ。がっかりしたぜ」
「都合がいいことだ。早く連れて行こう」
二課の落ち着いた様子に押されてか、一課は白けたような態度を取り、拘束を行った。
『あれ……このままじゃ、シナヴァリアさん普通に捕まって終わりじゃ……』
フィアは何かが、誰かが助けてくれるのを待ち、連れて行かれるシナヴァリアの後を追った。




