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「お兄ちゃん、つよーい!」
シナヴァリアは現代では見せないような笑みを浮かべ、ひっくり返っていた少女に手をさしのべた。
「いいや、ティアのほうがきっと強くなるさ」
「じゃもっかい!」
「ああ、いいよ」
あれほど戦うことを嫌っていたシナヴァリアだったが、二人目の妹であるティアが望む時には、常に応じていた。
どれだけ勉強が忙しい時だろうとも、どうにか時間を作り、彼女が満足するまで付き合っていた。
まるで、それまでの彼とは対照的な姿であり、里の人間は彼の存在が掴めなくなっていた。
里に戻る二人を見て、好意的に捉える者も居れば、奇妙だと考える者もいた。
「ウィンディアスは何を考えているのだろうか」
「いいことではあるのだが……話によると、夜遅くまで起きているみたいだ」
「ただ妹の為に頑張っているならいい話じゃないか」
「初めからそうしていれば、先代は――」
そんな話が続いているのを、当然二人は気付いていた。
ティアは眉を曲げるが、シナヴァリアは彼女の肩に手を置き、首を横に振った。
「なんで!」
彼女が大きな声を出すと、話していた者達は散っていった。
「俺はどう思われようとも構わない」
「そういうのはよくないよ!」
「……いや、いいんだ。むしろ、こうあるほうが俺にとっても都合が良い」
「えっ? どういうこと? 私わかんない」
「ティアも大人になったら分かる……いや、分からない方が良いことだ」
ティアは終始首を傾げていたが、彼が納得していることを聞いて、大人しくそれに従うことにする。
『やっぱり、シナヴァリアさんは後悔しているんだ……だから、ティアと遊んで、だから……みんなから酷いことを言われても……』
彼の優しさを見て、フィアは思い出した。
幼いティアへの対応と、自分へのそれが非常に似通っていたということを。
彼は妹に対して何もできなかったことを後悔し、わがままに応じられなかった過去を塗りつぶすように、どんな無茶にも応じていたのだ。
特に、妹の死から数日後に生まれたティアに対しては、過剰なほどに愛を注いでいた。
今度は年が大きく離れていたということもあるが、暗い過去がなければ、彼はここまで彼女を重視することはなかっただろう。
後に冷血宰相となるシナヴァリアだが、自身の妹のこととなると、相当に目が曇る。
組織の方針と大きく道を違えることになったのも、そうした目の曇りあってのものとも言えた。
だが、そうした生活は長く続かなかった。
「親父、俺は外に出る」
「……私に教えられることはない。自由にするがいい」
「期限はあるか?」
「ない。私も、早々に死ぬ気はない――だが、外に出るからには、お前に仮の名を与えなければなるまい」
族長はそう言いながらも、僅かに迷うこともなく「シナヴァリア、と名乗れ」と言った。
「シナヴァリア……か」
「その名が外で広まらないことを期待している」
激励にしては随分と消極的に聞こえる言葉だが、シナヴァリアは当然理解している。
仮の名を持って外に出た人物――《カルマ・イグリーズ・ド・グランベール》のグランベールは仮の名である。
彼女は外界で活躍しすぎた結果、里に戻ったのは死の間際だけだった。
族長となる身である以上、そこまで派手なことはするな、という意味で彼は言ったのだろう。
シナヴァリアは親の注意を聞くと、急いでティアのテントに向かった。
早朝だった。
彼女はまだ眠っており、そんな彼女を少し揺する。
「ん……なに?」
「ティア、俺は外に行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
彼女のそれが寝言も同然だと分かりながらも、ティアに微笑みかけ、彼は里を発った。