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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
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11q

 彼が向かったのは、族長のテントだった。

 起きた奇妙な現象を伝えるつもりだったのだが、里が妙に騒がしいことにすぐ気付く。


「どうした」

「巫女様がどっかに行ったんですよ」

「あいつが……? いつだ」

「今日ですよ。それまで……まぁ、普通だったんですけど」


 それを聞き、シナヴァリアは彼女がへそを曲げたのだろう、と判断して族長のテントに向かった。


「親父、妙なことがあった」

「あの子がどこかに行ったことか?」

「……いや、蔵の中だ。どこからともなく、本が降ってきた」

「なんのことだ? 寝ぼけていたのか」

「まさか。それに、ただ落ちてきたにしては、妙に丁寧にページがめくられていた」

「誰か入っていたのか?」

「いや、密室だ」


 ウィンダートは怪訝そうな顔をし、「明日か」と呟いた。


「なんのことだ」

「明日が、あの子の誕生日だ」

「……」


 完全に忘れていたシナヴァリアは少し申し訳なくなり、目を伏せた。


「それで、何の本だった」

「女騎士カルマ……当時の族長がカルマの墓の前にいるページだ」

「……! まさか、風神様か」


 風神は架空の存在などではない。

 ただ、実際に会ったことのないシナヴァリアは、父親が真面目にそんなことを言ったので、滑稽に思った。


「何かの冗談か」

「急いであの子を探してこい!」

「何を急いで……」

「ただの偶然とは思えない」


 父親に促され、シナヴァリアは捜索に混じることになった。


 どこにいるとも分からない妹を探し、彼は山の中を走り回った。


「(あいつは何故、俺のところに来た? そして、何故その後に失踪した)」

『もう死んじゃうからだよ!』


 フィアは怒りながら言うが、当然その声は聞こえない。

 彼女のできる介入は本当に些細なものだ。ものを描いたり、言葉で伝えることはできない。

 文字通り、多少無理であっても、偶然(・・)で片付けられることが限界なのだ。


「(誕生日……か)」


 彼は妹の誕生日はもちろん、自分の誕生日すら覚えていなかった。

 この数年間、彼は酷く熱中し、人生の全てを学問に捧げていた。


 しかし、このような結果になると、後悔を抱いたりもする。

 少しくらいは付き合ってやればよかった、と。


 そんなことを思った瞬間、彼は不意に思いついた場所に向かって走り出した。


 しばらく走り、全力で走り、風の一族である彼が息を切らした頃――朝日が昇ろうかとしている時に、辿りついた。


「ここに、いたか」

「兄貴!?」


 切り株に座っていた妹は驚き、混乱した。


「里の奴らが探し回っていたぞ」

「……兄貴、なんでここが分かったの? つけてたの?」

「まさか、そんな暇はない。ただ、お前がここに来たのは俺への当てつけだろう? 勝負に付き合わなかった俺への」


 言い返してくるかと思っていたが、妹は妙にしおらしい態度で返答を控えた。


「里に帰るぞ」

「私の兄貴なら、もう少し早く来てくれてもいいじゃん」


 悲しげな彼女の横顔を見て、シナヴァリアはため息をつき、準備運動を始めた。


「……ハッ、お前が満足できるとは思えないが、多少なら遊びに付き合う」

「はぁ? そんなの当たり前に決まってるじゃん」


 再び、彼女が生意気な態度に戻り、彼の調子も戻ってきた。


「ならさっさとしろ」

「……だから、もう少し早くしてほしかったんじゃん」


 彼女は黙ってシナヴァリアに近づくと、緑色のリボンを渡した。


「誕生日プレゼント」

「……お前が、か?」

「兄貴がずーっと引きこもってたから、渡しそびれてたの」

「そんなものはいらない。さっさとしろ」

「兄貴は、なんで勉強なんてするの?」


 シナヴァリアは彼女が戦おうとしないのを見て、拳を解いた。


「この里の長になる為だ。風の一族を変える為だ」

「……わたしが無駄な人生を送っている間に、兄貴は立派なことをしてたんだね」

「皮肉か」

「本当。私は十四年も生きてきて、何も残せなかったから。何もできなかった」

「……」


 シナヴァリアは妙に暗い妹に違和感を覚えた。

 そして、すぐに別の違和感が襲い掛かる。


「……お前!」

「兄貴は、私みたいにならないでね。勉強のせいで私が死んだなんて思わないで」


 彼女の指先が緑の粒子となり、大気に溶けていくのが見えた。


「どういうことだ」

「これが巫女の運命だから」


 彼女は往生(おうじょう)したような態度だったが、次第に焦りが巡りだす。


「兄貴は弱くなんてない! 私と戦えるような人なんて、普通いるわけないんだから。だから、兄貴と遊んでいる間、凄く楽しかったの! だから、いい族長になって応援し――」


 彼女は早口気味に言ったが、間に合うことなく、途中で全身が粒子となって消えた。


 シナヴァリアは唖然としていた。

 そこには彼女の服と、彼女が手に握ったままの緑色のリボンが残されていた。


 血もなく、骨もなく、肉もない。全てが痕跡もなく、消えてなくなってしまったのだ。


「……は?」


 何かの冗談かと思い、周囲を見渡す。耳を澄まし、音を聞き、臭いを嗅ぐ。

 しかし、なにもない。


 あまりの状況に頭が固まり、彼は何をしていいのか分からなくなった。

 泣き出すことはない。そもそも、悲しいと思うことすらできないのだ。


 彼は迷った後、彼女の残したものを拾い集め、里に戻った。

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