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「どれも同じようなこと、か」
何年か経った段階で、彼はその結論に到達した。
「どこの国にしても、同じことが起きている。誰もその繰り返しに抵抗していない……いや、できないんだろう」
彼は口に出し、思考をまとめていた。
無論、頭の中だけでまとめることもできるようになっていたが、こうすることが楽だと気付いたようだ。
彼の気付きとは、人には避け得ない繰り返しがあるということ。
こと統治において、永遠の平和は成立し得ないこと。
どれだけ賢い者であっても、年によって耄碌するということ。
どれだけ素晴らしい指導者であっても、その後続に同様の才気が受け継がれないということ。
これらは全て、統治において大きな問題を生み出す。
「もし、俺がこの里を変えられたとしても、それは小さな変化だ。世代が変われば、簡単に戻る……」
それは現代において、善大王に言われたことだった。
物事を決定するのは王などではなく、人々なのだ。
彼は自分の中の哲学を固めていく中で、将来的な里の有り様を考えた。
そんな時、蔵の扉を叩く音が聞こえてきた。
「誰だ?」
「兄貴……勝負、しよ」
「今は忙しい」
「お願いだから!」
彼は妹の妙な焦りを感じたが、思考を続ける。
「(俺の思う理想に届かせる為には、この里に住まう――山に住まう一族の意識を大きく変え、それを固定させる必要がある……その障害になるのは巫女だ)」
今や力量差でのやっかみはない。
ただ純粋に、自身が目指す社会の構築に巫女という超越者が邪魔でしかない、という結論に辿りついたのだ。
皮肉にも、それは組織が目指す世界と同じだった。
「最後のお願いだから!」
「俺のような弱い男と戦って、どうなるという」
「……兄貴は弱くなんてない!」
「遊ぶなら他にいるだろう」
「……遊びなんかじゃ」
しばらく扉越しに聞こえてきた声は、ある時点で止まった。
彼は心配することもなく、静かになったと本を読み始めた。
『……』
フィアは扉を開けようかとしたが、やめた。
自分のできる介入は小さなものだが、この遭遇がもたらす変化が大きいと理解したのだ。
そして、それをすることがどれだけ無責任か、ということを理解する。
それから、フィアは彼を見続けたが、いつまで経っても出る気配はなかった。
そもそも、彼は里に戻っていないのだ。食料などについても、里の誰かが運んできている為、難儀していない。
日が沈もうかとした頃、フィアはしびれを切らし、女騎士カルマの原本を手に取った。
彼女は有り余る時間を使い、その内容を理解していた。
その最終ページの近くを開いた状態で、彼の本に被せた。
瞬間、シナヴァリアは飛び上がり、構えを取って周囲の様子を窺う。
扉はもちろん、窓も閉まっている。誰かが入った形跡どころか、気配さえない。
「……落ちてきたのか」
見上げるが、落ちてくるような高さに本は積まれていなかった。
不可解に思いながら、置かれたページを見つめた。
「……風の、巫女か」
彼女の悪戯ではないか、と彼は考えた。
しかし、彼女がここまで器用な真似をできるとは思えない上、風の流れなどもなかった。
シナヴァリアは不気味になり、蔵を出た。施錠もきっちりと済ませてから、早足で里に戻る。