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一年も経たず、最初は読めなかった本を容易に読み解くことができるようになっていた。
とはいえ、全てを自力で行ったわけではない。不足した情報があると分かれば、彼は素直に聞くようになったのだ。
人一人としてのしがらみよりも、ものを知ることの楽しさが勝っていた。
これは誰もが当然のように持つ性質ではあるのだが、彼の場合はそもそもが違う。
プライドを持たないのでも、疑心がないわけでもなく、ただ単純に知識欲以外に無頓着なのだ。
人は成長すればプライドを増長させ、こうしたことができなくなるのだが、それは社会性を有していてこその反応だった。
言ってしまえば、彼にその社会性はなかった。根本的に、他人に全く興味がないからこそできるのだ。
当初は戦いがどうでもよくなる、程度で済んでいた彼だが、知識欲は彼の世界を著しく狭めてしまったのだ。
そして、ほとんどの本を読み終えた段階で、彼は族長と相対することになった。
「何か分かったか」
「外の世界は面白い」
族長は口許を緩めるが、すぐにそれを隠すようにして表情を戻した。
「なるほどな。だが、お前はいずれ族長になる男だ」
「俺はカルマのように、外で骨を埋める気はない。だが、外に興味はある」
「で、あるならば学ばなければならないな。この本で知ることのできることなど、ほんの僅かだ。外の世界で学べる程度には、教えよう」
シナヴァリアは族長が望んだように成長した。
彼ならば、この里を変えられると判断させるに足る成長を遂げたのだ。
族長に案内され、人の近づかない聖域近く――無論、ティアとガムラオルスが戦った場所ほど近くはない――に作られた蔵に入っていく。
そこには、凄まじい数の本がしまわれていた。長らく人が入った気配はないが、本の劣化は進んでいないようだ。
「風を通し、励むといい。分からなければ、私に聞け」
「分かった」
シナヴァリアは素直に従い、本を読み始めた。
そんな彼の姿を見て、族長は満足げに去って行く。
その場に残ったフィアはシナヴァリアが集中し始めるまで待ち、適当な本をめくってみた。
『天の国のも多いけど……他のはどこの本だろ』
天の国のものは比較的新しいが、それ以外はかなり古びていた。
彼女は瞳に光を宿し、情報を読み取る。
『光の国に、水の国……これって』
さらに時代を確認すると、それがカルマの時代にまで遡る品だということが分かる。
絵本でさえ好まなかった彼女が知る由もないが、この本は女騎士カルマの原作にも描写されたものだった。
かの書物が描かれるにあたり、風の一族が外界の形式を学ぶべく、両国の王から渡されたものである。
これを知っている者が見れば、感動するほどの歴史的な宝だが、彼女はそれを理解してはいない。
そして、シナヴァリアも意識してはいなかった。
述べた通り、これは古い書籍だ。しかし、決して今の時代に劣ったものが記されているわけではない。
時代が生み出す差というのは、知識の蓄積によるものだ。逆を言えば、単純な知能でいえば大きな差はない。
シナヴァリアはこれらの本を読み解き、その時代の毎の考え方や、哲学、戦術、戦略などを学んだ。
常に本を読み続けるわけでもなく、時折、外に出ては獲得した知識を頭の中で整理したりする。