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翌朝、それも早朝、彼は族長のもとへと向かった。
分厚い本を片手に現れた彼を見て、族長は分かりきったと言わんばかりに「もっと簡単なものから読み始めるといい」と助言した。
その助言に従い、彼は絵本を取った。
『あっ、女騎士カルマだ』
フィアは見覚えのある本を見て、好みではないものの興奮した。
シナヴァリアはつまらなそうな顔をしながらも、それを持ち、自室へと戻る。
簡単な絵本ではあったが、彼は苦戦しながらそれを読み進めた。
彼は読み聞かせてもらい、文字を把握するのではなく、自分の力だけでなんとかしようとしていたのだ。
絵を見て、話の流れ、文の位置から文字を把握していく。
最初こそは面倒な作業だったが、彼は次第にその解読作業に熱中していき、四六時中本を読むようになっていた。
「兄貴! 勝負!」
「もうい子供じゃないんだ。お前に付き合うことはできない」
「はぁ? そんなんだから兄貴はざっこいの!」
シナヴァリアは細い目で彼女を一瞥した後、すぐに本に目を戻した。
「俺にはこれがある。お前にできるか?」
「……」
彼女は渋い顔をした後、部屋を出て行った。
妹はこうして毎日来るが、本を読み進めていた彼は怒り、彼女を追い払う。
初めの頃はやっかみもあったが、新しいことへの挑戦に熱中し始めてからは、心の余裕を持ち始めた。
次第に手の届く世界の敵だった妹は遠退いていき、関わりのない外の世界の住民になっていく。
幾ら彼女が強かろうとも、幾ら自分が弱かろうとも、気にならなくなってきた。
もはや、戦闘は彼の世界から取り除かれてしまったのだ。
もし、妹が勉学の方向に進めば、再びお互いの世界は重なり合い、ふれ合うことはできただろう。
だが、彼女にその選択はなかった。ただ一人で修練を続け、孤独に、対等な相手さえ失って空虚な修行を行った。
フィアはそうした二人の様子を見て、なんとも言えない感覚に襲われた。
『これが、当然なんだよね。むしろ……シナヴァリアさんは、まだ救いがあるほう』
巫女は――いや、天才とされるものは、同じ世界の人間を苦しめていく。
如何ともしがたい力量差を見せつけ、人の心を折っていくのだ。
その凄まじさに、関わりない周囲の世界の者達は歓声を送る。
それと戦わずに済む者であれば、それはただ素晴らしいだけなのだ。
それと戦うことを強いられる者は、ただ辟易とするのだ。
普通であれば、敗北し続け、夢破れた者は一生呪われ続ける。
だが、シナヴァリアは幸いだった。彼は別の道を見出し、またそれを妥協などではなく、真に愛することができたのだ。
こうしたことが起きる例など、稀少だった。ある一定の才気を有するものが、ようやく手にしうる状況でもあった。
ただし、これは彼が救われただけにすぎない。
寿命の残り少ない彼の妹からすれば、唯一の遊び相手を失ってしまったのだ。