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妹に負けてから、彼はそれまで以上に特訓を行った。
「(兄貴として……次期族長として、俺はあいつに負けていられない)」
彼は自分に向けられている期待を理解していた。
だからこそ、常に努力を続けていた。この里を守る為の力を――巫女に依存せずに済む力を求めていた。
『シナヴァリアさんって、熱い人だったんだ。でも、なんであんなに――』
瞬間、フィアはこの後の未来を予見した。
これは能力など関係ない、ただの知識によるもの。つまりは、《星》の寿命だ。
彼が変わりうる事件と言えば、それ以外になかった。
しかし、彼女の予想は大きく外れ、二人の関係はどんどん悪化していった。
最初こそは偶然に勝てるといった具合だった妹だったが、次第に運に依存しない命中が増えていく。
そして、彼女が十才になった頃には、勝負が成立しないほどの実力差が生まれていた。
彼の努力は熾烈を極め、狂ったように修練を重ねていた。
それにもかかわらず、彼女との差は縮まらないどころか、引き離されていく一方だった。
その時、彼は気付いてしまった。
「(俺は、あいつには勝てない……俺程度の力では、誰かを守ることなんてできはしない)」
彼は自分の力の限界に気付いた。
いや、彼は巫女と人間の差に気付いてしまったのだ。埋めがたい、絶対的な力量差。
姉の失踪により、巫女に頼らない統治を考えていた彼からすれば、それは全てを壊す気付きだった。
だが、彼にも気付いていないことがあった。
仮想敵が巫女だからこそ無力を知るのであって、彼自身の力は他の人間を寄せ付けないほどに強大であることに。
彼が強いことを誰もが知っているからこそ、誰も戦おうとはしない。
訓練にしても、彼の狂気じみたものについて行ける者がいるはずがない。
だからこそ、シナヴァリアは正当な評価を受けることもなく、自分の力を低く見積もったのだ。
それ以降、彼は修行をやめ、戦うことをやめた。
「親父、俺の人を治める術を教えてくれ」
彼は族長のテントにて、自身の父親と向かい合っていた。
「……お前にはまだ早い。今は自由に生きろ」
「もう十分に遊んだ。だが、夢中になりすぎたんだ。時間が有り余って仕方ない――だから、教えてくれ」
子供とは思えない成熟した態度のシナヴァリアを見て、ウィンダートは何かを察したように、テントの奥を見た。
「学びたいというならば、あの本を読め。時間を潰すにはちょうどいいだろう」
「あれは、外界の本」
「そうだ。あれを見て、どう思うのかを聞かせてもらおう。教えるのは、それからでも遅くはない」
シナヴァリアは頷き、本を一冊拝借すると、自身のテントへと戻った。
ただの一冊にしても分厚い、辞書の如く本を選んだのは、どこか自棄でもあったのだろう。
真昼から真夜中になるまで、彼は読み続けた。暗くなれば明かりを都合し、読み続けた。
そして、彼は半分にも満たない――それどころか、十数ページの時点で本を閉じる。
「……読めない」
長い時間をかけ、彼は自身の無知を自覚した。
それもそのはずだ。彼が選んだのは、ビフレスト王――渡した当時は王子だが――が持ち込んだ中でも一番難しいものである。
言語の表現が難しく、子供が読む類のものではないのだ。
そしてなにより、彼は文字が読むことができなかった。
簡単なものならば分かるが、普段使わないものになると、途端に分からなくなる。