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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
127/1603

24

 任務を終え、アカリは城にやってきた。

 あの別れ方では会い辛いと思いながらも、いつもどおりのことだけに足が勝手に向いていた。

 何度かノックをし、アカリは部屋に入った。しかし、そこにはベッドが置かれているだけだった。

 起きた、という可能性をまったく考えられず、アカリは常に国の中にいるシナヴァリアのところに向かって走り出す。


「教官、次は」

「そうだな……」


 訓練に当たっていたシナヴァリアの前に、息を切らしたアカリが現れた。

 外見だけ見ればただの子供でしないアカリの登場に、騎士団の人間はざわめきだす。そうした者達に一喝を送った後、シナヴァリアは憤ったような顔でアカリの頭に拳骨を放つ。


「今は仕事中だ。お前とてそれは理解しているだろう」

「先輩! 善大王様は、善大王様はどうしたんですか!? どこにいってしまったんですか!」


 正気を失ったように泣きつくアカリを見て、シナヴァリアはため息をついた。


「しばらく空ける」とだけ言い残し、アカリの手を引いて人気の少ない場所に向かう。


 シナヴァリアは服を整え、咳払いをする。


「先輩! どうなんですか」

「善大王様はお亡くなりになった。二日前だ」


 二日前、アカリが喧嘩別れした翌日だ。


「次期善大王についても指名を済ませていたらしい。あのお方は、すべきことを全て終えた」


 薄情にみえるが、シナヴァリアは後々には国の中枢に入る。だからこそ、すでに首脳陣の考えを持っているのだ。

 過去ではなく今、未来。光の国を前に進めていかなければならない。


「……先輩、デートしませんか? これが最後ですから」


 初恋の終わりという意味で解釈し、シナヴァリアは黙って頷いた。

 静かなデートだった。

 二人は黙ったまま町を歩き、喫茶店でお茶だけ啜り、夕刻は人気の少ない場所で互いの時間を過ごした。


「先輩、ありがとうございます。楽しかったですよ」

「……割り切れたか?」


 アカリは冗談を一切言わず、黙って首を横に振った。


「喧嘩別れでした。告白もできませんでした」

「そうか」

「先輩、ひとつだけ……最後に、子供としての私のお願いを聞いてもらっていいですか?」


 だいぶ前からシナヴァリアは彼女を子供扱いはしていなかった。

 ただ、これは善大王によって保護された、アカリという名前をつけられる前の者が言っている言葉だった。


「最後というのであれば、聞こう」

「次の世代の善大王を支えてください。私は、善大王様からそれを頼まれました」

「言われるまでもない──だが、頼まれたのならば、お前自身がそれを遂行しろ」


 アカリは初めて笑う。もちろん、乾いた笑いだ。


「私にとって善大王様はただ一人ですよ。同じようにはできません。やれる自信もありません」


 そこまで言った後、アカリは立ち上がった。


「先輩、本当に楽しかったです。これからは、表と裏で、別々の世界。もう、会うこともないと思います」

「……それでいいのか?」

 問われる。今までのアカリならば、ここで茶化すところだったが、今は「はい」とだけ返した。


 翌日、アカリは最低限の手荷物を揃え、持っていた金を全て札に両替し、光の国を発った。

 定期船に乗り込み、暗部の追っ手がきていないことを確認した時点で、眠りにつく。

 船の中で彼女が見たのは、過去の夢。

 暗部に入って間もない頃、善大王と一緒にテラスで紅茶とスコーンを用意してお茶会を開いた時のこと。

 王宮御用達ということもあり、味は悪くない。むしろ良かった。

 ただ、アカリにとって大事なのは善大王を過ごす時間だった。味もそれによって引き立てられ、何者にも代えがたいほどに高められていた。

 次の瞬間、場面が変わる。

 初めて、暗部の裏切り者を消しにいった時の出来事だ。

 シナヴァリアがかつて、逃亡しようとした仲間を殺したのと同じように、アカリもその任務を任された。

 索敵陣形により、五人の中の誰かが発見するという形が取られた。運が良ければ、アカリが手を下さずに済む可能性もあった。

 だが、結果として彼女が発見してしまった。連絡だけを済ませた後、怯え、抵抗する暗部の仲間を殺害する。

 割り切り始めていた時期とはいえ、本当の意味で無感情に殺せたわけでもなく、アカリは悩みを抱えたまま生き続けた。

 仲間を殺したのは三回、暗部からの逃亡者は決して少なくなかった。

 アカリは目を覚まし、魔力を探る。船内には暗部の気配はない。


「(……本当に、馬鹿みたい)」


 恐れを消すように、アカリは毛布にくるまり、再び眠りに落ちようとした。

 しかし、いつまで経っても眠気は訪れず、苛立ったように頭を振って甲板に出た。外は夜だった。

 涼しい風を浴びながらも、すでに見えなくなったケースト大陸を眺める。

 かつて、アカリは船に乗った経験がある。善大王に救出され、光の国に向かった時だ。

 その時は一度も外に出ず、ずっと船内に閉じこもっていた。光の国が所有している軍艦だった為、誰も接触を図っては来なかった。

 光の国で手に入れたのは、一人で生きて行く為の力。手段さえ選らばなければ、生きて行くことは難しくはない。

 バッグにつめた札束を眺め、アカリは考えた。

 九年余りで貯めた貯金は決して少なくはない。ただ、光の国の身分証が使えなくなることを考えると、工作が必要となる。

 適当な貴族に金を支払い、形式上の領民となって身分証を得る。

 本当に領民となれば安く解決するが、偽造の扱いとなれば厄介ごととして莫大な金が要求されるだろう。

 それだけで貯金の何割が飛ぶか、などとアカリは考え始めていた。

 冒険者ギルドに入るつもりもなかった。善大王以外の誰かの為に働く気がなかったのだ。

 当面は生きる為に働く、とだけ行動原理を位置づけ、夜風の吹く甲板を後にした。

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