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里に辿りついたフィアは、当時から何も変わっていない様子に驚いた。
いや、正確にはこの時代からずっと変わっていない、というべきだろうか。
族長のテントの場所も、やはり変わっていない。
彼女は布を上げてテントの中に入ると、シナヴァリアが居ないかを確かめた。
「この子が私の弟かぁ」
「そうだ」
「ふぅーん……なんか無愛想。というか、うるさいね」
ティアにそっくりな少女は大きな声で泣きじゃくる赤ん坊を見つめる。
話の流れからすると、これがシナヴァリアなのだろう。
そして、彼女の言った通り、確かに赤子の顔は凄まじく険しかった。
「赤ん坊とはそういうものだ」
「そのうち、この子が族長になるんだよね」
「そうなる」
「じゃあ、私もここに居なくていいんだ」
「……巫女としての務めがあるだろう。お前はこの里に必要だ」
「勝手だね、お父さんは」
風の巫女は怒り、フィアを通り抜けてテントの外に出ようとした。
しかし、いつの間にか開いていた布に驚き、一度立ち止まる。
「あれ? ……まいっか!」
そのまま風の巫女は走り抜けていった。
「……風神様か?」
『……』
フィアは族長にじっと見つめられていると思い、視線を逸らした。
彼女の干渉能力は、全くないというわけではないのだ。
自分から触ろうとすれば、それに多少の干渉は行える。
ただ、それで行えることなど、今のような僅かな変化でしかない。
『ライトと会うまで、何年くらいあるのかな』
フィアは純粋な疑問を覚えながら、テントの外に出た。
実体がない、と言ったばかりだが、この里には彼女にとっての難儀があった。
当たり前だが、ベッドを調達することはできない。
誰かの家に入るのは非常に気まずい――というより、彼女が他人の視線の気にする――ということもあり、野宿を余儀なくされた。
霊体も同然なのだが、それでも地面は硬かった。
フィアは眠れない日を何日も過ごしながら、毎日シナヴァリアの様子を見に行った。
毎日、毎日、何週間もそれを続けた。
他人と話すのが得意ではない彼女でも、次第に孤独を覚えてきた。
三年間は善大王を見つめ続けてきたからこそ、多少は耐えることができた。
しかし、今ここには善大王はいないのだ。それどころか、自分の知らない出来事なのだ。
「ライト……」
思い出そうとしても、そこには改変された善大王が浮かび上がるだけだった。
フィアは頭を振り、イメージを振り払った。
「ライトは、こんなんじゃない……」
横になっている内に、彼女は眠気を覚え、硬い地面の上で眠りについた。
そうして一月が経とうとした頃、変化が起きた。
「この子の名前って、何なの?」と、風の巫女。
「……ウィンディアス」
「やっぱり、族長だから?」
「そうだ。代々、風の一族の族長はこのウィンの名を受け継いできた」
ここでフィアは驚いた。
もしや、これは全く別人の記憶なのではないか、と焦り始めたのだ。
『ウィンディアス? そんな名前聞いたことないよ』
族長の顔を見ると、どことなくシナヴァリアに似ていることに気付く。
『合ってる……のかな』
彼女は普段から人の顔を見ていないからこそ、年に対する顔の変化などは全く分かっていなかった。
だからこそ、遠い過去の世界なのではと訝しむ。
「いい族長になるといいね」
「……ああ」
「お父さんと違って、外に出るのを許してくれる人だといいなぁ」
「そうはならないようにするつもりだ……お前みたいにならないようにな」
そう言い、族長は部屋の角に積まれた本を見た。
「お父さんの友達からもらった本だよね。あれ見ると、外に出たくなるんだよね」
「……」
フィアは本が気になり、適当に何冊かを手にとって、ページをめくってみる。
当たり前だが、彼女は読書好きではない。絵の多い本ならばともかく、文字だけのものは大嫌いなのだ。
しかし、適当にめくっている中で、気になるページが目に入る。
『……これ、天の国じゃ?』
そのページに描かれた絵は、かつて善大王と昇った谷だった。
急いで本を閉じ、確認してみると、天の国で製本されたことが分かる。
『これってつまり……』
自分の父親が風の大山脈に赴いた、という話は善大王を通じて聞いていた。
そして、それが類を見ない行為だとも。
『(じゃあ、ここはやっぱりシナヴァリアさんの時代なんだ。そして……シナヴァリアさんの本当の名前は、ウィンディアス)』
多少は知っている人物の歴史ということもあり、フィアはようやく興味を持ちはじめた。。