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フィアは幾度か瞬きし、落胆した。
「……私の知っている、ライトじゃないけど――ほとんど同じだ」
彼女が見た世界は、自身が善大王に口づけを交わし、紋章を与えた時から今に至るまでの時間だった。
そこには、求めるものはなかった。
彼の名前が出ることなど、一度としてなかった。それらしいものでさえ、全て例外なく善大王に書き換えられている。
「善大王の記憶……だから? 私が、ライトの名前をおぼえていないから?」
彼女は真相に到達した。
当たり前だが、この《生命流》の中においていえば、検索には明確な単語が必要だ。
誰かを調べるのであれば、その人物の名前が必要となる。
いや、名前を知らずとも、その人物を正しく認識さえしていれば、ある程度は絞り込みを行える。
ただし、善大王に関しては例外なのだ。
彼の存在はこの世界に残留しておらず、消えた彼を調べたいのであれば、本来の名前が必要と言うだけ。
名前がどこかに残っているのであれば、世界にはその残骸が残っていることになある。
見つからなければ――破片も残らず、全てが《善大王》だったという前提で成り立っていることになる。
「私の記憶の中に、ライトの名前はない……もちろん、善大王の記憶の中にも――」
刹那、彼女はシナヴァリアのことを思い出した。
「シナヴァリアさんなら、私の知らない時代のライトも知ってる……もしかしたら、見つかるかも知れない」
フィアは大きく深呼吸した。
彼女はここに来るまでに、善大王の人生を歩んできた。
時間にして三年程度だが、これは善大王がそれだけしか存在していないからこそ、それだけで済んだのだ。
だが、真っ当に生きてきて、存在してきた人間のそれを探るともなれば、今度はその十倍は覚悟しなければならない。
「ライト、私は絶対に見つけてみせるから」
彼女はゆっくりと口を開く。
「シナヴァリアさんの記憶を見せて」
『分かった』
瞬間、彼女の意識は虹色の世界に落ちていき、周囲の風景は次第によく見知った世界に変わっていく。
自身の瞳と同じ色の世界を見つめながら、彼女は落下していった。
落ちていく先がどこかは、彼女も知っている。
辿りついたのは、山の中だった。
無数の罠、その標高による空気の薄さ――事情を知らない者であれば、踏み居ることのできない場所。
しかし、今の彼女には関係がなかった。
『ついた……やっぱり、ここなんだ』
フィアの声はどこかぼんやりとし、その姿も透けている。
《天の星》は時間や空間を超越し、どの時代、どの可能性の世界にも飛ぶことができる。
しかし、その介入ともなると例外だ。
紛れもなく存在する世界を知ることはできても、起こったこと、起こることまでは変えることができないのだ。
良くも悪くも、管理者としての力でしかない。
フィアは道を歩き、罠を踏むのだが、それが起動することはない。
彼女は空気の薄さも気にすることなく、自身の記憶にある通りの場所を目指していった。
実体のない彼女は何も干渉をできないが、何に干渉されることもない。




