12
フィアは疑問を振り払い、自分の中に残っている情報を大事に抱えながら、案内された善大王の部屋に入った。
彼は落ち着いた様子で、上質な紙に入室禁止の旨を書き記し、外の扉の張り付ける。
準備を終えて戻ってきた善大王は「それで、はなしっていうのは?」と言いながら椅子に腰掛けた。
話がすぐに終わらないことを悟っていたのだろう。
「ライト、あなたは力を使いすぎたの」
「……《皇の力》か?」
「……っ!? なんでそれを知っているの?」
「前にフィアがしつこく言ってただろ? この力を使えば、どんどん俺が失われていくって」
「覚えているの?」
「ああ、話を聞いたことは覚えているし、注意されたことも覚えている。ただ――俺は変わったとは思っていない。フィアがそんな態度を取るんだ、変わっていることは分かる……だけど、実感がないんだ」
フィアは記憶がかなり歪な形ながらも、おおよそ自分の知る通りのものであると理解した。
ただ、理解したところで善大王がもう善大王ではないという事実は、何一つとして変わらなかった。
彼は自分がおかしいのではないか、と訝しんではいるが、それはフィアの入れ知恵によるものでしかない。
体感はもちろん、現実としても彼は何一つとして変わっていないのだ。それはシナヴァリアなどが証明していた。
「ううん、ライトはおかしくないよ。たぶん、もう誰も覚えていない――私も、本当に覚えているわけじゃないから」
「……そうか。フィア、ごめんな」
「なんで、謝るの」
「フィアはこうなることを知っていた。それで、こうならないように止めていてくれたんだよな」
「……うん」
「だからごめんな。きっとフィアは、前の俺が好きだったんだよな」
「…………うん」
「俺じゃ、代わりになれない、よな」
フィアは何も言えなかった。
目の前にいる人間は、何から何まで、善大王そのままだった。
能力も、容姿も、実績も、全てが彼のままだった。
ただ一つ、彼が彼だったという過去が消えただけ。そして、その過去が消えたところで困る人間がいないということ。
「私は前のライトが大好きだったよ。強くて、かっこよくて、私を助けてくれて……私みたいな、何の取り柄のない子を好きになってくれる――子供だからって私を愛してくれる、ライトが」
「……そうなんだ」
「私は好きだったの! 冷たくても、計算尽くで動いていても、子供にえっちなことをしていても!! 元の、ライトが……」
彼女は涙を流していた。
それほどまでに愛していた彼が戻らないという事実を、再確認していっているのだ。
そして、元々の彼が決して善いものでなかったことも、再確認してしまうのだ。
誰もが二人を並べれば、こうして変わり果てた後の彼を選ぶだろうということを、彼女は理解しているのだ。
彼女が過去の善大王を望むのは、極端に言えば自分を愛してくれる存在だからだ。自分だけを愛してくれる存在だったからだ。
子供を性的に愛するという異常者だからこそ、自分を絶対的に受け入れ、絶対に裏切らないと確信できたのだ。
それを失った彼は、もはや世界に多く満ちる有象無象の一匹と変わらないのだ。




