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――光の国、ライトロード城にて……。
「善大王様!」
急いで執務室へと走ってきたシナヴァリアだったが、善大王は優しげな表情で会釈してきた。
「善大王……様?」
「俺は大丈夫だ。もちろん、フィアも」
フィアは非常に不機嫌そうな表情で、ソファーに座っていた。
「……どういうことですか」
彼が声をかけたのは、フィアだった。
「シナヴァリアさん、なにか変だと思わない?」
「は、はぁ」
シナヴァリアは部屋を見渡す。二人を順番に見つめる。
善大王は笑みを浮かべながらも、視線が外れるとすぐに仕事に戻っていた。
「いえ、何もおかしいことはないかと」
「おかしいよ! おかしいんだよ! ライトがこんなに優しいと思うの? ライトがこんなに真面目に仕事をすると思うの!?」
「はい」
フィアはショックを受けた。
もはや、この世界で善大王の本当の姿を覚えている者がいないと分かってしまったのだ。
無論、こうなるまでに何人かに聞いた。人見知りの彼女が、城内の多くの人に聞いて回った。
それでも、皆が一様に彼が変わったことに気付かず、今の状態が当たり前であるかのように認識していた。
諦めかけた彼女が最後に選んだのが、最も親しかったであろうシナヴァリアだった――が、彼にしても同じことだった。
「ライトは……善大王は……違う、こんなんじゃなくて」
「おっしゃっている意味が分かりませんが、善大王様は素晴らしき王ですよ」
「それは……私も、そう思うけど」
ここまで聞いた時点で、彼女はもう話すだけ無駄だと判断した。
話してどうこうなる問題ではないことは、彼女が一番分かっていたのだ。
皮肉なことに、彼女は誰よりも善大王を愛していた。そして、彼がこうなるであろうことも分かっていた――だからこそ、こうして記憶を留めることができている。
しかし、それも一時のこと。彼女はただの知識として、元の善大王を覚えているだけに過ぎない。
だからこそ、彼女も例外ではないのだ。この世界に、本当の彼の痕跡は残っていない。
「ライト、あとで時間取れる?」
「――と、フィアは言っているが、休みを取ってもいいか?」
「ええ、今からでも構いませんよ」
善大王はシナヴァリアに感謝をすると、席を立った。
すると、入れ替わるようにして彼が座ろうとするのを見て、善大王は驚いたような顔をする。
「シナヴァリアも忙しいだろ? 大丈夫だ」
「ですが」
「王の命令だ」
「はい」
フィアは奇妙な感覚を覚えた。
それは人を観察する能力が乏しい――というより、興味がない――彼女らしくもない、表情から得た違和感だった。
「(今のシナヴァリアさん、妙に自然だった……それに、今の)」
「ですが」に続く言葉が、「いつもはそれでも任せるでしょう」だろうことを彼女は察知した。
それを見て、彼女は善大王の痕跡が完全に消えきっていないことを悟り、急ぐように彼の手を掴んだ。
「はやくはやく!」
「分かった分かった。そう急かさないでも大丈夫だ」
彼女は人気のない場所を探した。できるだけ長い時間、二人が発見されない場所を。
「どこを探しているんだ?」
「ライトと私が隠れられる場所」
「俺の部屋はどうだ?」
「……うん、それなら大丈夫かも。あっ! ちゃんと入るなって張り紙張っといてね」
「かしこまりました、お姫様」
フィアは善大王のことを思い出さないようにしていた。 思い出しさえすれば、今の善大王がどういう人物なのかも分かる。
ただ、それをすれば自分が持っている善大王像が大きく揺らぎ、元に戻せなくなると確信していたのだ。
だが、だからこそか、この妙に彼の残滓を残した人格が非常に鼻についてならなかったらしい。
「(ライトと私は、どういう関係なの? ライトが普通の人になったなら、どうして私なんかを……?)」
実のところ、彼女は人間が真に《皇》となった後の、世界改変の影響がどういうものか、理解していなかった。
おおよその場合、こうした改変が行われた場合、飽くまでも現実に干渉は行われずに情報だけが書き換えられる。
多少違和感のある出来事についても、どうにか成立させ、続行されるのだ。
だからこそ、善大王が性的目的で救った少女などについても、その生命や利益は改変後も継続される。
フィアの抱いた疑問もまた、それで解消されるだろう。
ただ、彼女に真実を調べる手段はない。現状に抗おうとする限りは、知ってはならないのだ。