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場を一掃できたと判断し、フィアはようやく意識を戻す。
都合の良い技のようだが、彼女は紛れもなく自分が壊れていたという事実を認識していた。
そのせいか、戻ったばかりは生きている実感を失い、現実感さえ乏しくなっている。
「ライト!」
あれだけ酷い攻撃の余波を受けたのだから、冷静に考えればただで済むはずがない。
「危ないなぁ、ふーちゃん」
黒い瘴気が噴き出し、その中から善大王とアルマの姿が現れた。
困惑する善大王を抱きしめ、口づけをかわすアルマを見て、フィアは自分の愚を呪う前に、憤りを覚える。
しかし、すぐに気付く。アルマの死体のような肌が引き裂け、蟲のようなものが蠢いていることに。
「(あの子……無傷じゃない)」
《天の星》が行使した容赦のない最大火力は、アルマの鉄壁の守りを僅かだが貫通していた。
ただ、フィアはそれを見て勝てたとは思わない。善大王を守らせたと言うこともそうだが、彼女が一度見せた蛾のような翅は出ていないのだ。
「またかよ。やってらんねぇな……おい、そいつをきちんと殺してくれよ」
「駄目。おにーさんはあたしのだから」
「フン」
彼は鼻で笑うと、辺りの様子を見た。
「これが《境界世界》最強か……思っていた以上に、できるな」
彼は密かに評価を改める。
なにせ、今の一撃でナイトは三割ほどにまで減らされたのだ。
たった一手でこれだけの破壊をもたらせるともなると、魔物側からしても、十二分に脅威となる実力だった。
「こりゃ本格的に、こいつを早めに殺しておかなきゃマズイな」
蝙蝠男がそう言った瞬間、彼は黒い瘴気を全身から放ち、黒い装甲を身に纏った。
蝙蝠を模した黒い全身鎧。それによって姿が隠され、フォルムが人型に統一されたことで、余計に人間のようになった。
「やらせ――」
フィアの意識は急激に遠退いた。
そして追い打ちをするように、生き残っていたナイト、ロード級の魔物が攻撃を開始する。
「フィアアアアアアアアアアアア!」
善大王は走り出した。
振り払われたアルマは、自分ではなくフィアが選ばれたことに怒り、背後から突こうとした。
しかし、同じく彼をターゲットに定めた蝙蝠男が居ると分かるや否や、彼の妨害に入る。
「おにーさんは……あたしのッ――」
「邪魔だ!」
アルマは黒い瘴気の拳を放つが、蝙蝠男の鎧を消滅させることは叶わなかった。
これには彼女も戸惑い、攻撃の手が止まるが、魔物は仕返しとばかりに蹴りを放つ。
意趣返しの破壊力は計り知れず、アルマの拘束具は容易に解除させられた。
身内同士でやり合っている最中、善大王は右手を構え、ロード級の魔物を睨む。
「《救世》」
それまでとは形状の違う、鋭い一線の光がフィアを攻撃しようとしていた魔物を打ち抜き、一撃のもとに消滅させる。
「ライト! 私はいいから」
「いいわけない!」
「私は怖くないし、痛くないの! だから、ライトは自分のことを――」
「俺は怖い! フィアを失うことが何よりも怖いんだ!」
彼の顔を見た瞬間、フィアは唖然とした。
善大王は、泣いていたのだ。何を意味するのか、力を使っている彼女でさえ理解できない涙だった。
「やらせるかよ! これ以上こっちの戦力を削られたくないんだよ」
攻撃を仕掛けてくる蝙蝠男を睨み、善大王は叫ぶ。
「近づくな!」
右手を向けられた男は怯み、逃げの足を用意した。
「《救世》」
蝙蝠男は飛び退くが、善大王の手が自身に向いていないことにすぐ気付く。
彼は振り返り、フィアに襲いかかろうとしていたナイト級に力を使っていたのだ。
妨害を上回る速度で、一発一体を倒せる方法。
「私は……私は!!」
「フィア、お前だけは守り通す――俺自身が消え去っても」
刹那、フィアは彼が何故に泣いているのかを理解する。
既に記憶は――彼を彼たらしめる部分は消えていた。
だが、彼は何も理解できないままに、《善大王》の善なる感情とは別のものでフィアを救おうとしている。
それは本来、彼が持っていたものだった。彼を彼たらしめていたものだった。