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「おにーさん、ほらこっちだよぉ」
背後に回り込まれ、善大王は力を振るう。
すると、アルマはマズイと察知し、すぐに距離を取った。
その後、樹木の枝のように白い糸が広がっていくが、その範囲外から蝙蝠男が飛行してくる。
範囲が広がれば広がるだけで、処理速度は僅かばかりに遅くなる上、相手は容赦なく隙を縫った攻撃を行うのだ。
善大王はすぐ能力を切ると、構えを取った。
一発退場を嫌う蝙蝠男は向けられた時点で軌道を変え、攻撃方向から逃れる。
一安心する時間もなく、今度はアルマが迫ってきた。
「くそ……これじゃキリがない」
さすがにアルマも学習したらしく、彼が能力を発動する素振りを見せた時点で離脱し、決定的な隙を窺う。
善大王はただ一人で、アルマと蝙蝠男と戦っていた。
能力だけであれば勝てる道理はないが、幸い彼は相手を一撃で終わらせる力を持っている。
だからこそ、どうにか勝負が成立していた。
「このままじゃ、ライトは……」
フィアは善大王の支援に入ろうとするが、無数の強力な魔物がそれを阻む。
いくらミスティルフォード最強とはいえ、相手が魔物ともなると話は別だ。
当たり前だが、《星》は天使や魔物の類と戦えるようにはできていないのだ。
かつての《叛逆》においても、《星》は神の側に立ち、その時代の《生命》と戦っていた。
謂わば、《星》は人や動物、《星霊》などを含めた《生命》に対して最強なのだ。
無論、ホームであるミスティルフォードでの戦いであれば、《星》に負けはない。
ただし、誰かを守ることなどはできない。
ただ一人、敵味方入り交じる無数の屍の丘で、虚しい勝利を得る。それこそが、《星》の勝利なのだ。
今のフィアにとって、その勝利は望むはずのないものだった。
ただ純粋に善大王の生を望み、願い、その為に抵抗を続けている。
まるで冗談のように吹っ飛ばされながらも、彼女はひたすらに意識を集中し続ける。
攻撃が命中し、ワーカーに体を喰われようとも気にせず、はじめから回避を捨てて――人間らしい感覚さえも全て投げ捨てた。
フィアは《天の星》の能力で意識だけを隔離し、そこから《魔導式》の展開を行っていた。
非常に便利で、最強の能力のように見えるが、これは《天の星》の中でも奥の手に近い手法だった。
使えば使うだけ、人間からかけ離れていく。ただでさえ人間ではない存在が、人間の真似事さえ放棄するような行為だ。
そうなると、文字通りただの兵器でしかなくなる。
だが、今のフィアはそうなっても構わないという前提で、こうした力を使っている。
――彼女がそれを覚悟したのは、おそらくそうなっても善大王と変わらないから、というのがあるのだろう。
「《天ノ二百五十四番・瞬天征滅》」
彼女は天属性が出しうる最高打点を叩き出すべく、この術を選択した。
除外されている対象は――善大王ただ一人。
全てを破壊する光が辺り一帯に降り注ぎ、戦場は荒れ果てていく。
アルマが住処としていた洞窟はもちろん、樹木や湖畔に至るまで、全てが吹っ飛ばされた。
ワーカーは当然のこととして、ナイトに至るまでが一撃で消滅する。
そして、攻撃は意識なく地面に落下していくフィアの肉体をも捉え、木っ端微塵に吹っ飛ばす――が、天属性であることもあって、光を核に肉片を収束させる。
肉体が修復されたものの、攻撃が続行されているだけに、再び体は砕け散った。
術の攻撃が中断される頃には、フィアは合計六回ほどの死亡に相当するダメージを負う。最後の一回は、転落死だ。