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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
126/1603

23

「善大王様、調子はどうですか?」

「うん、あまり良くはないかな……って、こういうのもあれかな」

「いいんですよ。私には言ってくださっても」


 ベッドの傍に椅子を置き、アカリは善大王の顔を覗き込む。

 病の影響でやつれ始め、公務もノーブルが全て請け負うという状態。祭事の際には化粧のようなことをし、遠目にみせることでごまかしている。

 二年前にもなる封印以降、善大王は見るも明らかに衰弱していた。

 光の国に戻り意識を取り戻したが、急に意識を失うことが多くなり、一年経った頃には執務の二割程度に手をつけるのがやっとになっていた。

 日々弱っていく善大王を見ても、アカリは表情を曇らせることはなかった。常に平常から笑みに近い顔をして、彼に安心をもたらそうとしていた。

 善大王にしてもそれは同じで、彼も王としてあろうという意志が強いらしく、弱りながらも笑顔だけは消さなかった。

 アカリは善大王に笑顔になってほしい、少しでも元気になってほしい、心配事を増やしたくない、そうした考えから暗部での任務をそれまで以上に取り組むようになった。

 それでも、状況の悪化は一切止まらない。治らないと分かっての行動ではなく、彼女の場合は本当に事態が解決していく類のものと思っている。

 時は過ぎ、さらに一年が経った頃、善大王の病状は悪化した。

 アカリが任務を終え、扉をノックをした時、返答がなかった。

 急いで中に入るが、善大王の魔力は残っている。生命は繋がっていた。


「善大王様?」

「……アカリ?」


 ゆっくりと首だけを動かし、アカリの方へと目をやる善大王。その瞳は濁り、誰がいるのかを認識できていないような顔をしていた。

「はい、アカリです」

 そう言い、アカリは善大王の手を握った。

 恐ろしく冷たい手だった。人間の生命が維持できる最低限の温度だった。

 ただ、アカリからすればそうとすら思えていない。すでに死んでいるのではないか、と言うほどに凍えた手に感じていたようだ。


「今回も、任務を頑張りましたよ」

「うん、ありがとう。助かるよ」


 善大王の顔に笑みはない。無表情で、声の抑揚も判断がつかない。

 その時、アカリの中に二つの言葉が浮かび上がった。

 ひとつは、自分の想いを告げる愛の告白。

 もうひとつは……。


「善大王様、死なないでください。あなたがいなくなったら、私は──」


 この国の為に働けなくなる、と言いかけたが、善大王はそれを遮った。


「アカリ、お願いごとがあるんだ」


 弱弱しい声を聞き、アカリは黙り込む。

 しばしの沈黙の後、善大王は口を開いた。


「僕が死んでも、これまで通りに次の善大王を支えてあげてほしい。君が頑張ってくれれば、きっと助かるから」


 善大王は、自分の死を悟っていた。それが近いことも含め。


「そんな! そんなこと言わないでください! 善大王は死にません、まだ……ですから──」


 あふれ出す涙に気づいた時、アカリは過呼吸気味に空気を吸い、意識を整える。


「私はその願いに応えることはできません。ですから、絶対に生きてください」

「僕はもう長くないよ。もうお迎えがきているんだ、次の善大王の名前を、その──神に聞いたんだ」


 アカリは絶句した。

 善大王は世襲制ではなく、ある時期に達した時点で善大王が指名するという形が取られている。

 同時期に二人の善大王が存在することはない。それは名前を変えたからなどではなく、同時に生存していないということなのだ。

 死や失踪の寸前にご都合的にも次の善大王が決まる。普通に考えれば異常な現象だ。

 それが成立する仕組みを、彼女は知ってしまった。そして、それがどういう意味を示すかも。


「死なないで、まだ死なないで! 死んだら絶対に許さない! 私のことを必要としてくれるって言ったのに! 約束を破らないで!」


 敬語を殴り捨て、彼女はかつてのままの態度を取った。


「……はは、アカリは意地悪だなぁ。君がそんな態度をしたのは、初めてあった時くらいかな」


 冗談のような口調だが、やはり抑揚はない。


「今まで、君はお利口だった。お利口すぎた。もっとわがままを言ってくれてもいいと思ったよ。でも、今は……今だけは、僕のわがままを聞いてくれないかな?」

「いやです! 絶対に」


 アカリは善大王の言葉を聞かないように、部屋を飛び出した。

 想いを告げることもできず、ただ一人城の中を走った。

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