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善大王は悩みを振り払うように、光の糸を広げていく。
無尽蔵に増殖する力に対し、アルマは回避行動の取れない空中。勝負は早々に決するかと思われた。
しかし、アルマは黒い瘴気を放ち、軽々とこの糸を避けていく。
規模こそ小さいが、ガムラオルスの《翔魂翼》に近い戦闘様式だ。
「クソ、これだから人間は……殺せる場面で殺さねぇなんて、話が違うじゃねえか」
混迷を極める状況に戸惑う蝙蝠男だが、橙色の光線が迫っていることに気付くと、軽く避けてみせる。
「ライトを傷つけさせたりしない!」
「確かに、人間にしちゃあお前は十分に脅威だ。だが、あの男のようなイカサマを使えないようじゃ、俺達の相手じゃねえな」
刹那、凄まじい衝撃が襲いかかり、フィアは吹っ飛ばされた。
彼女の真横にロード級の魔物が足を振りかざし、殺しにきたのだ。
だが、フィアはそれを瞬時に察知し、回避した。ただし、衝撃波の範囲外に逃れられるほど、彼女の機動力は高くない。
「お前の相手は、ここに集まった魔物で十分だ。さ、存分に戦ってくれ」
蝙蝠男は言い、フィアに背を向けて善大王の対処に向かった。
光の糸は無尽蔵に広がる。しかし、それは力が維持されている期間に限られてのもの。
アルマを倒すべく、力を振り回す善大王は、あまりにも無防備だった。
「隙だらけだ、人間」
彼が攻撃をしてきたのに気付き、善大王は力を解除し、転がるようにして回避した。
「なかなかにすばしっこいな。術者ってのは、運動が苦手って聞いてたんだが……どーにもお前はそうじゃないらしい」
「俺は鍛えているからな……!」
彼はそう言うと、《皇の力》を発動した。
その瞬間的な起動速度に驚きながらも、蝙蝠男は僅か上を確認し、素早く空中へと逃れる。
直進する光芒は男のいた場所を通り過ぎ、空中に向かって根を伸ばしていった。
「おにーさん! あたしだけを見て!」
視界の外から聞こえてきた声に気付き、彼は再び能力を中断し、回避する――が、今度の攻撃は頬に深々とした傷を刻みこむ。
「あたしだけをみて! あたしだけを……ッ!」
善大王は頬から空気が抜けないことに僅かばかりの安心をしつつ、迷いなく右手を構えた。
「《救世》」
詠唱が加えられたことで、先の攻撃を上回る速度を叩き出し、アルマの指先に触れる。
彼女は攻撃の危険性を瞬時に察知し、勢いよく跳躍した。
白い糸は彼女の指先に絡みつき、触れていた二本の指と連れ添うように、消えていく。
アルマは素早く自身の手を確認した。
「あたしの指が、ない」
もぎ取られたというより、消滅させられたという感触。
骨や肉が飛び出すことはなく、消えた部分だけがそのまま綺麗に除外されていた。
だが、瞬く間に消えた指の根元から無数の小さな芋虫状のものが現れ、蠢きながら指先を形作る。
彼女は恐怖を覚えていた。
触れたのは一瞬――それも先端だけだというのに、体の一部分が完全に奪い去られたのだ。
しかし、すぐに恐怖を上回る感情が彼女を幸福に満たす。
「この光……この感じ……おにーさんの力だぁ」
空中から落下しながら、彼の力を浴びた指先を頬ずりした。
その彼女の表情は恍惚とし、殺されかけたという事実さえも上書きし、幸せを感じているように思えた。
「これがおにーさんの遊びなんだねぇ。一緒に傷つけ合うと、こんなに幸せなんだあ……じゃあ、ぐちゃぐちゃに、あたしと体を混ぜ合わせよぉ?」
彼女の顔は、途端に狂気に染まった。